第40回「みぎわ賞」受賞作品
(佐伯裕子選)
キリエ・エレイソン 杉田礼子
『穏やかに死ぬということ』背表紙ゆつよく押し込み我を隠しぬ
よそ目には健やかそうと映るらし表裏二重に我織りなせば
母の布を外すと人はだしぬけに我に似たりと真顔で言いぬ
現身の吾が吾のなきがらに向かい手を合わせいるこのややこしさ
願わくは重き言葉をひとひらの花びらに乗せ散らし給えや
かぜいろの花びらを追う花びらは思うがままに舞うのだろうか
母なりし八重の椿の領域を守るがに落つ椿の子かな
めじろ来て椿の蜜を吸う朝に重きに耐えず緋の一花落つ
人は死ぬ人は死ぬとぞ鳴く烏熊野の使者とすれちがいにし
使者として己を捧ぐ黒鳥は轢かれて三日後鳩になるとう
紫陽花の枯れし枝にはや芽吹きあり生きてやろうじゃないのと思う
寝入りばな障子をたたく音のして紙につつめば老いし椿象
凍えにし堕天使のごときカメムシを星またたく寒空に捨つ
キリストに倣わんとすも風吹かば揺れる我をば憐みたまえ
遺伝子変異株をもつウィッグは人にまぎれて苺を買いぬ
極まれば骨となりにし骨盤の辺りはなべて翡翠色なり
長きこと病みし臓器よさみどりの牛馬に乗って帰っておいで
星焼けの山保南天なお赤し生きるというはこういうことか
失せしかと思いし母の鼈甲(べっこう)の形見の櫛が喪服の袖に
二十年以来の病歴を諳んじる人は茗荷が苦手と笑う