第41回「みぎわ賞」受賞作品
(佐伯裕子選)
つれづれなるままに 依田邦惠
新設の「メディホス富士川」静もりて入居者募集の旗がひらめく
訳ありて暮らしていますケア・ホームに年賀ハガキの余白に記す
施設にし老いを訪ねる短歌(うた)を読む訪われる一人になりてしまいぬ
づれづれに塗り絵三昧うす墨にま緑かせね濃みどりを出す
久し振りの雨音ならん聞こえずて「小池光」の歌集を繰りぬ
過去形につづりはじめる歌多くなりゆく今日のさくらの便り
ふるさとの円居に心のとぶ夕べ父・母・姉と睦みし日日を
朝日射す櫛形山のくし形の稜線仰ぐことなく過ぎき
ひつじ田の短き稲穂ゆるる道連れ立つ孫のかわゆかりにき
ふるさとに「よろづ屋」という宿ありき縁(えにし)のあらばただになつかし
線香立ての灰は如何様になりていん彼岸の入りを施設に暮らし
気がつけば恋は終わっていたんだと遥かなあの日エイプリル・フール
「美しき青きドナウ」を合唱せし日のあり遠き遠き昭和に
追伸にひっそりと書く一、二行不覚に入院したる経緯(いきさつ)
きのうも晩年きょうも晩年卯の花の雨に馬酔木(あしび)の花穂がゆれる
壁掛けの鳴らぬ時計がボン・ボン・ボン鳴った気がする午前三時に
DNAのこごりのような親指の固き爪切る母より老いて
得点の叶わぬチームを応援す童顔のこる高校球児
しこしことひと日ひと夜を過ごしつつ施設ぐらしの百日を越ゆ
今生の終(つい)に適期のあるやなし訃報の欄の年齢を追う

