第三十五回「みぎわ賞」受賞作品
〈山 田 富士郎 選〉
ハイタッチ 依 田 しず子
しゃれこうべ
頭蓋骨に五臓六腑を吊り下げて杖で支えるこれぞ晩年
喜怒哀楽のいずれも淡し卒寿より先の一日一日は
感情論役に立たない最晩年火を止めポータブルトイレに走る
本当の死へのレッスン積むごとく昼を過ぎれば仮の死ばかり
ハプニング次々続く日常に秋がさやかな風に始まる
流感発熱事態急変計画中断入院我儘介護八年
田螺殿をお墓参りに誘う唄兵舎に余暇のまだある頃の
よんじゅう
四十歳となっても覚めにき夏の夜の絨毯爆撃被弾の夢に
教育は慄ろし父の朝鮮人軽視蔑視を修正し得ず
元日を迎えやれやれ月並みな感想はそう十日ほど前
ふ じ
七日分老いたか父の世話に往く一月半ば富士山は真っ白
一生の終わり始まる一日もリハビリ済めばハイタッチする
急いて急いて沸かす湯たんぽ「さぶいさぶい」最後の言葉
排便し嘔吐し身の裡軽くしてすとんと心臓停止する
なんとまあ素朴な願い「ベッドで横になりたい」父よ眠れよ
命ひとつ終わりし次に葬儀屋の24時間フリーダイヤル発信す
週一の通い介護の水曜日本降りの日は十指に余る
朝な朝な撒きし雀の餌を余す娘が猫を飼い始めてより
はじめから甘い抹茶のラテなのだ想定内の冷たきカップ
週に一度のわが通い日に死にたまえよ父 死にてくれたり