第37回「みぎわ賞」受賞作品
〈日高堯子選〉

  野 芹    角野 成子

あしたからまたも寒波のくるらしい明野金時黒ずみはじむ
手にふれて雫となれる春の雪ひかる甲斐駒近ぢかみゆる
うつむけば傍にいるらし肩先をふれる夫の手のひらの影
紅うすく化粧ほどこす仏壇の夫のあじさい捨てしあしたを
その頬に触れたくなりぬ夕つ方樫をふるわせ油なく
畑に吹く日ぐれの風の止まる時ふと聞こえくる夫の呼ぶ声
六月の湿める草原ひとところ色をしずめて白百合咲けり
突然に倒れし朝の右肩の跡がくっきり襖にのこる
骨ばりし背の感触うすれゆく逝きてしまえり髪くろぐろと
ブラインドの光しぼればテーブルに夫の眼鏡が吾を見ている
わが影に早く散りたる鮠の稚魚娘が同居を夕べ言いいづ
カナブンが夫いぬ工場の窓を打つ残る図面に汗染みのあり
あの日より仕舞いおきたるセーターが秋晴れの陽にふくらみてゆく
砂利をふむ音に身構える独り居に回覧板が届けられたり
摘みて来し野芹の香る指先を娘とふたり小川に洗う
日曜の目覚し時計OFFにしてあの日の夫に逢いに行きたい
「娘(こ)の家族と暮らすこととなりました」桜紅葉の夫の墓前に
八ヶ岳颪来たりて軒先のふくら雀の羽を割りいる
夫の名のかすれはじめる郵便受け朝の風がなお消してゆく
自転車のベルを鳴らして帰る頃塩のむすびを握っておこう