2024年4月号(VOL.42)NO.405 河野小百合 選

わたくしにさわらないでと白梅がかすかふるわすうす青きしべ中 澤 晃 子
大地震は漁師の仕事奪いたり港は高き陸地になって赤 岡 奈 苗
リビングに崩れはじめしシクラメン節分の豆三粒ほどのせ坂 本 芳 子
日当たりの良し悪し計る残り雪ふみしめながら散歩する朝川 井 洋 二
この冬の残り時間のなかに咲く色のとぼしき節分草は加々美  薫
お隣さんとマスク外して日向ぼこ内緒をひとつこぼしてしまう浅 川  清
震災のゴミは百万トンを超えその悲しみは量れぬ重さ佐 藤 幸 子
着膨れて脚立の上の吾の影高枝の徒長枝ばしっと落とす望 月 壽 代
派閥ごと群れなし帰る夕カラスごん鉢山の木々をゆらして三 沢 秀 敏
たまさかになごりの雪の落ちてゆく指先ほどの蟬の穴へと杉 田 礼 子
正月に防災グッズを見直しぬ期限の過ぎたレトルトカレー伊 藤 千永子
珈琲に沸かせるお湯の湯気高しわずかな嘘の許しを乞いて荒 居 千 織
初雪に親子でころがす雪だるま土も小石もいっしょに付けて福 田 君 江
環境にやさしき紙の器なり〈峠の釜めし〉チンしてほかほか岡 田 喜代子
地震きて水がどんなに大切か知りぬ流れる水洗トイレ田 村  悟
キャッシュレスの風吹くなかを牛乳屋釣り銭バッグをジャラジャラ鳴らす尾 野 深紗子
結露した窓に射しくる朝光は屈折かさね角部屋つつむ磯 山 千 秋
交番の一輪挿しのフリージア現場の雰囲気なごませている渡 辺  治 
病む母の辛さ見てきし十七歳の今日いくど目かのヘアドネーション津 田 幸 子
ドアそっと閉めて帰宅すわが寝間に夫の温めし湯たんぽがある笠 井 美 鈴

2024年3月号(VOL.42)NO.404 河野小百合 選

記されし丸や四角の賑わいは通院の跡カレンダー捨つ大久保 輝 子
銀木犀は祖父思う花縁側に庭をながめたむかしむかしの石 川 輝 子
青深く澄みわたりたる冬の空 戦争をしないそれだけのこと小 林 あさこ
どの紙に書いてもおなじ短歌(うた)なれど伊東屋で買うモレスキン無地川 井 洋 二
なまめかしき物はなけれど一つだけ夫の書斎の椅子の猫足久保寺 弘 子
今はなき銀行の白きバスタオル電話番号崩れて読めず保 坂 謹 也
補聴器を外せばすべての音が消え世界の端にぽつんとわたし浅 川  清
一面に枝打ちされて傾りには冬陽まっすぐ射し込みており佐 藤 幸 子
ろうそくで譜面を照らし声合わす「シメオンの頌」天(あめ)をひらけり杉 田 礼 子
避難所でパパに抱かれてミルク飲む素足の赤子をテレビは流す仙洞田 紀 子
ありがとうを残して逝きし八代亜紀ハスキーボイスまねて「舟唄」秋 山 久美子
かなしみの深き能登の地ふり出した雪は瓦礫(がれき)を静かに覆う岡 田 喜代子
「とりあえず富山に入ります」泥かきの写メール届く夫のラインに飯 塚 益 子
元日の地震であればまかなしき家族団欒めちゃくちゃにして甘 利 和 子
ユニセフに募金してるとさりげない口調に友はおつゆをすする石 川 なほ子
卓上のライチのフェロモン香るのか言葉少ない妻がささやく樹   俊 平
空晴れて仕事始めの目玉焼き津波なき日をほおばりている笠 井 美 鈴
大塚のにんじんと孫の背くらべ どういうふうに生きてもいいよ佐 野 可主子 
揉みし葉は箪笥のかおりクスノキの大樹どこかで母の声する清 水 ひろみ
父のように沢井先生に叱られて背すじ伸ばすも何かなつかし飯 野 妙 子

2024年2月号(VOL.42)NO.403 河野小百合 選

見上ぐればまる型ひし型おうぎ型プラネタリウムのような木漏れ日中 山 恵 理
傷むことなくこの翅に大海をわたりおおせよアサギマダラよ荻 原 忠 敬
片わきの回覧板を両うでの大根にかえ夫が帰り来中 澤 晃 子
墓処より視界はひらけ良く生きし友と思いてまた無念なり内 田 小百合
大方を過ごすソファーに冬日満つ日本は二季になると予報士浅 川 春 子
十二万年の過去にも経験なき夏が来て暑さ重たし盆地の底を内 藤 のりみ
パートナー五十余年を共に生き読めない空気それぞれに持つ古 屋 あけみ
一滴二滴と蛇口の水がこぼれ出る海水うめて飲むガザの人保 坂 謹 也
霜月も僅かとなりぬ晴れた日は水騒がせて大根洗う山 下 愛 子
シャッターを下ろさんとせば弦月が九十一歳わが腰に似て丸 山 恒 雄
唐突に冬来たりなば甲冑のごとく上下に発熱下着浅 川 清
おおぞらの飛行機雲を見る度に自分の名前描いてみたし横 内 進
待合室に貧乏ゆすりやすみなくする女(ひと)ありて皆おちつかず浅 利 尚 男
青空に柘榴パカッと口開くもやもやしていた心手放し鈴 木 憲 仁 
夕ぐれの風に吹かれし樟の照り葉にあそぶ黄昏の刻荒 居 千 織
八十歳(はちじゅう)の山梨からの通院を「偏差値高い」と主治医が笑う大 柴 文 枝
指揮棒がおおきく伸ばせと言っているわが歌声の佳境に入る笠 井 美 鈴
澄んだ空にアリアのように百舌鳥が鳴きあの日のことは忘れいる朝津 田 幸 子 
「この柿は顔がいいよ」と大袋二つを吾の助手席に載す藤 原 三 子
春を待つお祭り紙面のその裏で貧困連鎖の記事のモノクロ佐 野 可主子

2024年1月号(VOL.42)NO.402 河野小百合 選

ひそやかな白菜しまる声を聴く信州八千穂のひろい畑に藤 原 伊沙緒
せせらぎの両の岸より結びあう紅葉黄葉(もみじもみじ)のいま盛りなり浅 川 春 子
上(わで)村も下村も今空き家増え一番若い重ちゃん七十歳(ななじゅう)窪 田 喜久子
読みさしの大西民子全歌集りんごを載せてスマホ手に取る望 月 迪 子
あっけさはテーブルの上が秋になるシナノスイート今年のりんご小 林 あさこ
「だるまさんがころんだ!」振りかえるたび朱の色をぐぐっぐぐっと深めゆく木々浅 川  清
ふんわりと綿毛舞いくる肩の上脚立降りたらふんわり離れ三 沢 秀 敏
パッキンと折るにすがしき香り立つぷりぷり太し佐野さん生姜秋 山 眞 澄
面会は二十分間タイマーを首に吊るして叔母の部屋へと仙洞田 紀 子
思い出は連想ゲームのごとく湧き藁もす煙にひとつを乗せる角 野 成 子
車イス押す並木道足裏にパツンコチンと銀杏を踏む田 丸 千 春
ちちのみの父に向かいて「だめじゃんけ」そのひと言が素直に言えず石 川 なほ子
ヘルニアと診断されて映されし反り腰美しき放物線よ荒 居 千 織
衣替えようやく終える日曜日柊の実は赤くつやめく西 村 鈴 子 
自転車を漕ぐ乙女子の金色の髪が秋の陽(ひ)あつめてゆれる堀 内 和 美
校庭に体育座りの生徒たち孵化をまちいるサナギのぬくさ詫 間 妙 子
運動会の白線にじむグラウンドに靴跡だけが夕ぐれてゆく佐 野 可主子
父親と並んで作る弁当の卵焼きふたつ高二の孫は津 田 幸 子 
藪の奥に首をもたげてぬっと立つ蝮草の実そこだけ赤い寺 田 富 子
庭の木々が千手観音に見えてきて傘寿にむかう手をあわせいる大 柴 文 枝

2023年12月号(VOL.41)NO.401 河野小百合 選

銀杏を踏まず歩めばスキップをしているように見えないかしら望 月 迪 子
讃美歌を愛しし母よ盆、彼岸この世のつとめは般若経にて前 田 絹 子
繰り言を聴くお見舞いの小半日芝のみどりに互いに座して佐 田 美佐子
ビハインド、スリーポイント、クローザー令和五年の耳に新し浅 川 春 子
七回目コロナワクチンの副反応夜中のトイレに夫と出くわす赤 岡 奈 苗
巻き貝のごとく眠れる中学生今朝もふたつのアラームが鳴る角 野 成 子
そこじゃないあなたに分かってほしいのは栗花ばかりふえゆく野原浅 川  清
「真っ青な空からミサイル落としけり」ウクライナの俳人詠みたり内 藤 のりみ
キャベツ葉の蛾の幼虫はゆく秋を手当たり次第腹に詰めゆく古 屋 あけみ
坪山の金木犀が踊り出すステップホップ香りのドレス卜 部 慶 子
美容師の指に力の無きシャンプー静かに流れる「アリス」の曲が福 田 君 江
寅さんがふられるまでを楽しみて土曜の夜は穏やかに過ぐ堀 内 和 美
黙々と餌食みている夕まぐれ猫はお椀に頭を入れて石 川 なほ子
夏中は長々寝ていたワンちゃんが丸まってきて秋分過ぎる鈴 木 憲 仁
道の辺のあまたどんぐり潰される 中東の地の紛争思う永 田 はるみ
処理水と海の青とが重なりて底引き網漁九月解禁佐 野 可主子
二人子にかき消されいる虫のこえ気づかぬ秋の他にもあらん清 水 雅 美
再会に互いの屋号なつかしくお駄賃の飴あまく広がる磯 山 千 秋 
秋の夜のこぼれそうなる満月を一人占めして家に帰ろう廣 瀬 由 美
カーテンを高く舞い上げ応援の太鼓の響き居間にはこび来藤 原 三 子

2023年11月号(VOL.41)NO.400 河野小百合 選

雷くれば雷くるなりに雨ふれば雨ふるなりに桃の畑小屋荻 原 忠 敬
採れたての短歌とぶどう香り立つ残暑見舞いを友に送りぬ中 山 恵 理
思慮配慮遠慮に熟慮千慮志慮おもんぱかりがわれには足らず内 田 小百合
取りあえず十五リッター入れておく二ヶ月先に廃車のVitz内 藤 勝 人
いく度を手にふれにしやピオーネの濃きむらさきに鋏をいれる砂 原 よし子
アラームのふたつ鳴りつぐ枕元男の子の指が空(くう)をまさぐる角 野 成 子
夕顔を長く薄くとむいてゆく静かな時を指にのせつつ佐 藤 幸 子
残りいる力に布団干しあげて渋皮のような手を陽にかざす内 田 文 恵
目印の寿し屋の看板なくなりて生家の墓所の道を戸惑う武 藤 睦 子
きっちりと折りたたまれし紙タオル母のポッケゆ数多出てくる中 西 静 子
夏のはじめに買ったサンダルくつ箱にそのまま白く過ぎ去ってゆく荒 居 千 織
ヘルメットの後ろにポニーテールゆれ女もなせる郵便配達伊 藤 千永子
日にちの酷暑に耐えし洗濯ばさみこの朝パキっと乾いた音で石 川 なほ子
すれ違うそのとき匂う外つ国の香辛料か真昼の坂で堀 内 和 美
桃の木はすべて捥がれた身軽さに息づかい静か立秋過ぎる鈴 木 憲 仁
沢水を引き込むせぎにさわさわと夏の手カンナ浸しおくべし佐 野 可主子
ありがとうと妻には言えず何となく頷き合ってる無尽の会に渡 辺  治
カーナビの指示通りゆく炎天下こんな行き方思いもよらず廣 瀬 由 美
昨夜読みしページふたたび読みかえすわれの記憶にうすく日の差す飯 野 妙 子
さわさわとエノコログサが揺れはじめ昨日とちがう口笛きこゆ清 水 ひろ美

2023年10月号(VOL.41)NO.399 河野小百合 選

「三年の保証付きです」農機屋が印紙を舌にぺっとのっける中 澤 晃 子
八月の宮崎からののど自慢クリスマスソングが猛暑日ゆらす米 山 和 明
グリップをにぎれば爪のあたる場所ありてあの字を試し書きする佐 藤 利枝子
日に向きて満面笑顔の向日葵のうしろすがたは意外と淋し望 月 迪 子
壁のしみ北海道に見えてから北海道の壁と呼びたり渡 辺 淑 子
鋏入れ房は上から仕上がりぬ切り絵のようなシルエットにて渡 辺  健
亡き夫の手形のうちわ扇ぎたり暑い夜には優しい風が卜 部 慶 子
こんなにも暖まるまで放置したポストの中の年金通知杉 田 礼 子
梅花藻をゆらす流れに風鈴のかそけき音がこぼれていたり浅 川  清
広告にちぎった折り紙はりつけて青空作る三歳男の子角 野 成 子
初桃のみずみずとした光沢を水に沈めてしばし見惚れる甘 利 和 子
厨の蚊ゆっくり腕に近づいてチクリと刺せばピシャリ手のひら広 瀬 久 夫
二尺玉天地にドスンと轟きて人の煩悩全て奪うか秋 山 久美子
鮮やかな色と光が消えしのち花火は白きけむりとなりぬ田 丸 千 春
夕づきてインゲンを手に友来たり「暑かったね!」と話しはじめる伊 藤 千永子
おじぎ草のピンクの花はまんまるで蜂はくるりと曲線なぞる詫 間 妙 子
早朝にダンスの自撮りチェックするポニーテールがきびきび跳ねる藤 原 三 子
青ふかき空に向かってざわめける巨木を抱く火野正平は飯 野 妙 子
夏空の空気にひそむ爽快感ペールギュントの「朝」がはじまる清 水 ひろみ
よく冷えた胡瓜のようなこの脛は庭を巡りて適温と為す尾 野 深紗子

 

2023年9月号(VOL.41)NO.398 河野小百合 選

水の上にみどりの罫線ひきている暁(あけ)を働く田植え機一機浅 川 春 子
ビオーネを三十二粒にととのえる首・屑・腰をいたわりながら砂 原 よし子
夕さればさざ波もたつ明るさの感度のちがう二人がすめば内 藤 勝 人
亡き友もきっと来ている竹の庭隣の席をひとつ開けおく内 田 小百合
読みさしの本にマークのあるところそっと読みたり夫の心も山 下 愛 子
いわし雲ひつじ雲かと言い合いて烏の二羽が飛び立ちてゆく斉 藤 さよ子
黒澤明(くろさわ)の〈夢〉の水車がまわりいるわさび畑に夏は来にけり浅 川  清
物置の棚に見つけたゲートルのカーキ色なり虫喰いの穴三 沢 秀 敏
「凶器持つ日が続いてる」毎朝を筍掘りへと鉈持つわれに武 藤 睦 子
「夏は来ぬ」開いて閉じてまた開く甲府盆地に長い夏くる内 藤 のりみ
図書館のサーモカメラはオフとなり覗く人なく一日過ぎる石 川 なほ子
従兄弟らと川遊びする夢をみるいつの間にやら白髪となり田 村  悟
風が来てかすかに揺れる房の先呼び合うように紋白が舞う堀 内 和 美
週イチに通う職場の洗面台文月の今日はアガパンサスあり伊 藤 干永子
イチミリほど氷が動くアイスティー一人の夜の耳はやさしく秋 山 久美子
力ラオケは決まっていつもの「ありがとう」いきものがかりの夫婦の絆浅 川 節 子
夜泣きする赤子をきゅっと抱きしめる何も知らない夫の余裕清 水 雅 美
耳元で不快な音をたてる蚊よ上手な生き方知っていますか廣 瀬 由 美
締切りの用箋いろどるボールペン赤、青、黒の文字はくたくた詫 間 妙 子
「がんばりすぎずになーんちゃってがいいんだよ」笑みつつ生徒が吾を追いこす清 水 ひろみ

2023年8月号(VOL.41)NO.397 河野小百合 選

いつになく深き眠りの昼寝覚め初期化している身体を起こす望 月 迪 子
「月へ届く17号を打ちました」アナハイムはいま日本の昨日浅 川 春 子
執深きスネイクのごとく追ってくる検査履歴の折れ線グラフ佐 田 美佐子
新しき初夏のスリッパかろやかに家事動線を覚えはじめる中 山 恵 理
おさがりの男孫のジャージ馴染みいて庭の草々はじから攻める加々美  薫
船旅に丸サングラス持ちゆかんほんとにまるい地球をみよう保 坂 謹 也
この朝のテレビ壊れてお互いに言葉をさがす居間の空間佐 藤 幸 子
峠路の天下茶屋にて桜桃忌しめりが匂う机と畳内 藤 のりみ
正装の各国首脳ウォロディミル・ゼレンスキーは戦時下の服古 屋 あけみ
一粒がぷーっとふくらみ色付きぬ梅雨の霽れ間にブルーベリーは秋 山 眞 澄
タンポポの綿毛の玉から飛び立ちて小さな気球しばし漂う鈴 木 憲 仁
吾の額(ぬか)夜半にねずみの舐めし頃今の日本は想いもよらず田 村  悟
すいかずら木に絡まりて匂い立つ曇天の日のかすかな頭痛堀 内 和 美
馬刀葉椎(まてばしい)胸に下げたる木の札に「待てばおいしくなる」との由来福 田 君 江
梅雨空にどくだみの花よく似合う刈り取りしもの陰干しにして横 内  進
亡き姉の学芸会に作りたる赤頭巾抱き母は逝きたり小久保 佐智子
アポ電のたぐいであろう夕餉どき鶏のから揚げ佳境に入る尾 野 深紗子
山梨の地形に似てる水たまり底いの空はこきざみに揺れる小 林 敦 美
週末の走行距離を記録する親孝行を数字化してみる廣 瀬 由 美
雨音のなかに歌詠む日曜日焦ってすごす一日が好き清 水 ひろみ

2023年7月号(VOL.41)NO.396 河野小百合 選

正しさの手本のようにならびいる北斗七星 ほどけていいよ中 澤 晃 子
「逆立ちのモネ」と覚えた青い花ネモフィラの青丘そめる青内 藤 勝 人
春耕はひとりにあらず蚯蚓いてまんさく咲いて雉鳩が鳴く藤 原 伊沙緒
美術館の楡の樹かげに完璧な一度っきりのホーホケキョ降る望 月 迪 子
竜王のひきこもりが来たそういって迎えてくれた依田しず子さん小 林 あさこ
橅の葉の鳴る頃合いに風鈴を吊るすとこしえ捨てられぬ音の杉 田 礼 子
ブロマイドは宝物であった少女期の美空ひばりにバラの香のあり内 藤 のりみ
穿くたびに気付き脱ぐたび忘れたりズボンの裾の糸のほつれを山 下 愛 子
笑わなきゃ笑っていようと思うけど今日私には風がほほ笑む武 藤 睦 子
束ね置く輪ゴム二本がプッと切れ給料明細床にひろがる角 野 成 子
おさきにとスタッカートが飛び交って連休前の職場にゆれる荒 居 千 織
初採りのシャキシャキ甘い玉葱をビニール片手に一人占めする横 内  進
屋根職人屋根渡り行く足もとに帽子飛ばせり初夏の風秋 山 久美子
〈マイ〉と付くわたし専用ナンバーが私だけのものでなくなる飯 塚 益 子
いまだ雪を被く五月の富士遠く梅干し赤いおにぎりを食む甘 利 和 子
「髪型はこれに決めた」と夫が置く坂本龍一の切りぬき写真詫 間 妙 子
新たなる自分と出会い登校すパンツルックの女子中学生藤 原 三 子
近いうちインバウンドが占領す忍野八海の水深のぞく梶 原 富 子
柿若葉ゆれて娘はポンコツの食洗器かかえ車に乗りぬ山 内 薫 子
ざっとうの今日の終わりを膨ませビルの間に夕日が沈む樹  俊 平

2023年6月号(VOL.41)NO.395 河野小百合 選

あしたまた会える軽さの「じゃあまたね」それぞれ暮らす場所に向かいぬ中 澤 晃 子
人はみな引き際ありて春隣り新人の入る「笑点」を観る佐 野 可主子
放棄地を小麦畑にすればよいなにより先に土がよろこぶ小 林 あさこ
蛇行する偏西風はいつしらにわれの車を砂漠に埋める佐 藤 利枝子
木漏れ日が白鯨の碑をあたためて生きものいくつ宿らせている砂 原 よし子
ひとくちに語り切れない依田しず子さん単三電池借りたままです古 屋 順 子
まだ浅き堰にひたせる泥の鍬ウグイの稚魚がふれてゆきたり角 野 成 子
あざやかな友禅流しのごとく見ゆ春の夕焼けスマホに納む古 屋 あけみ
ぽんぽんと回しをたたく音すれば猫の直立パンチくりだす三 沢 秀 敏
やまぶきの散る花びらを手に集め空き瓶に詰む新任牧師杉 田 礼 子
四年ぶりその背にゆれるランドセル軒のすずめが羽音を立てる浅 川  清
うた会のドア開け放つ公会堂さくら吹雪も入れるように飯 塚 益 子
「パン食は腹が膨れてかなわんわ」まんざらでもない今朝の横顔永 田 はるみ
午前中作業済ませば休むべし近くの金ちゃん日暮れに転びぬ浅 利 尚 男
己がため二合の米を炊く暮らしやっと覚えた肉ジャガ料理横 内  進
三センチズボンの裾を上げ終えてもうすぐ四月雨の音聞く伊 藤 千永子
木蓮は濡れて茶色に貼りつきぬコロナ禍のそのかさぶた剥げず寺 田 富 子
処置が済み手渡されてる紙切れはわが消化器のトリセツである尾 野 深紗子
靴下のお礼の手紙六枚を重ね読みおりミモザ咲く日に青 木 道 子
突風が砂塵まきあげ校庭に馬乗りをした記憶がよぎる渡 辺  治

2023年5月号(VOL.41)NO.394 河野小百合 選

芽吹くとはかくも鋭し水仙の三角の芽が土をかち割る砂 原 よし子
小難しい医療保険の見直しが二人の距離を縮めておりぬ 米 山 和 明
この家の角を曲がっての角が無い春の真ん中桜も咲いた川 井 洋 二
「おばあちゃんやばいんじゃない?IHにハイハイハイと返事してたよ」久保寺 弘 子
春キャベツかぱりかぱりとはがしては夕べを気付くおしずはいない内 田 小百合
H3ロケット消えし高空に弥生七日のおぼろ満月赤 岡 奈 苗
コロナとう波の引きたる駅前にあまたころがる「閉店」の文字浅 川  清
みそ玉をエイッと投げ打ち蒼ちゃんが春の空気をまぜこんでゆく佐 藤 幸 子
思い出はぼろぼろこぼる萩焼の息子のぐい呑み酒をみたせば 飯 島 今 子
収束はためらいがちのコロナ禍に同級会ののろしを上げる古 屋 あけみ
加工したアプリの写真のみ残り元の自分はいつしか消えぬ渡 辺  健
旧姓のままに小刀握りしめ子の鉛筆をはらはら削る西 村 鈴 子
アマゾンの再配達に渡される胸元のペンわずかに温い飯 塚 益 子
家族みなわれの頼みに返事よし自主返納に関わりありや浅 利 尚 男
重ね着の炬燵の夫婦にらめっこするにも飽きて春を待ちいる甘 利 和 子
医師からの余命半年その言葉必ず自力で翻すと言う塚 本 裕 子
塀ぎわに掛けおく障子おのずから二月の雨に紙を浮き上ぐ山 内 薫 子
青空に縁(ふち)透きとおりゆく月は帰らぬ友のペーパーレース佐 野 可主子
子どもらの労力あてにし学校の農繁休業という日のありき小 林 敦 美
公園に歳をきかれし幼児は見知らぬ老いに「としいくつですか」詫 間 妙 子

2023年4月号(VOL.41)NO.393 河野小百合 選

わが肩に手を置くごとく春の雪降りつつ消えるたちまち消える内 藤 のりみ
除草剤くぐり花壇に繁殖すゼニゴケ色のロシアの兵士中 山 恵 理
金星を見てきたような鶺鴒が前へまえへと道案内す中 澤 晃 子
吟行会の集合写真のみな笑顔半分の人に今は会えない 内 田 小百合
キエフからキーウに変わりもう一年 今年も咲いた庭の福寿草 川 井 洋 二
「闇バイトだったのかしら」被害者となりたる友が受け子憐れむ前 田 絹 子
吊られいる皮ジャケットは若き日の匂いを放つ待っているよう保 坂 謹 也
軒先の雪解けの音(ね)は三拍子時にドサッとリズムを崩す岡  ゆり江
叶び鈴を門扉に付けて門閉ざす開けっ放しの好きな私が飯 島 今 子
一年(ひととせ)を免許証に挟みにし棕櫚の十字架を聖盆に置く杉 田 礼 子

描きあげてそっと立ち去るアーティスト壁がキャンバス月よりの使者渡 辺  健
五十となる次男に送る一筆は一筆のまま白紙うまらず福 田 君 江
エリンギという名の茸「縁切り」と聞こえぬように静かに食す 広 瀬 久 夫
ウィッグをさらさら洗うそのかたち娘の頭に似ていてなでる荒 居 干 織
召使になります助けてくださいとガレキに挟まる少女の叫び(トルコ地震)永 田 はるみ

投稿は義父の集めし古切手色褪せのある初代白鸚佐 野 可主子
さあ行くぞさあさあさあと言いながら中々さあと上がらない腰渡 辺  治
「クリスマスプレゼントです」とわが主治医最後のドレーン慎重に抜く大 柴 文 枝
寒の朝たちまち曇るメガネ見て固まる児らの表情見えず 藤 原 三 子
「み冬」なる言葉を知った小寒の最低気温はマイナス6度

廣 瀬 由 美

2023年3月号(VOL.41)NO.392 河野小百合 選

垂れさがる石榴三つがそれぞれの揺れ幅をもつ夕べの風に三 沢 秀 敏
ひと夜さに地蔵ヶ岳が白くなる採られぬままの柿のかがやく浅 川 春 子
ひたすらに穴埋め問題解くごとく母に相槌打ち続けおり前 田 絹 子
冬の陽が畳の凹みきわだてる姉なき部屋の箆板(へらいた)のあと藤 原 伊沙緒
きたかぜに綿雲ゆっくり押されゆき権現岳の影を連れ去る清 水 さき江
虫喰いを選り分けている平ざるに全き大豆がころころ笑う望 月 迪 子
ああ今日は仕事はじめか子が孫が各エンジン吹かして行きぬ久保寺 弘 子
大ぶりの白菜を取るこの朝キリリとしろい南アルプス砂 原 よし子
自転車を引きつつ帰る老人は籠に青ねぎ来し方を乗す杉 田 礼 子
春の日の富士のすそ野は砲弾にウクライナのごと汚されている保 坂 謹 也

地下たびの脚にふまれて道の端にへばりつき咲く冬のたんぽぽ角 野 成 子
この朝は冬一番の寒さなり蟷螂バケツに凍り付きいて武 藤 睦 子
福島の地から湧き出づ名水の「ALPS処理水」海へ放たん石 川 なほ子
アルビノの白うさぎさん多数派となってこんなに愛でられて跳ぶ田 村  悟
金曜日の仕事帰りの朗月堂どこでもドアを心が開く田 丸 干 舂

身を任すウォーターベッドに目をつむり10分間は唐突にくる伊 藤 于永子
登りきて小遠見山の頂に指差しすれば手は空の中鈴 木 憲 仁
夕焼けを背(そびら)に浴びて散歩する川面に映る二人三脚清 水 ひろみ
うす曇るみぞれまじりを駆けぬけて賢治が聴いたG線上のアリア寺 田 富 子
ボリュームを五十に上げて見るドラマ賑やかなるは老い人ライフ浅 川 節 子

2023年2月号(VOL.41)NO.391 河野小百合 選

紅葉に灼かれし肌を冷やすごと八ヶ岳(やつ)の裾より雲わきあがる浅 川  清
公園のベンチにひとつ置かれいる黒い鞄が落ち葉をつめて前 田 絹 子
この年は梨北特A〈順子米〉さあさあはらから八人が待つ古 屋 順 子
「風呂出たよ」大きな声で知らせいる老母(おいはは)のいて平和なる夜米 山 和 明
たかたかく角を掲げて牡鹿立つはやも冬枯れ猫坂峠 藤 原 伊沙緒
「ドングリの実落下あり」の看板が愛宕山トンネルの脇に立つ頃川 井 洋 二
作業着を着替えて午後はジャズライブ鳥打ち帽子ちょっと斜めに望 月 迪 子
気をつけて脚立の足を気をつけて甲州百目の巨木の下に砂 原 よし子
木枯らしが我が家の庭に運びくる桃の袋やぶどうの傘や坂 本 芳 子
孤独なる音寒空に響かせて文学館の噴水あがる内 藤 のりみ

群がりてコスモスは咲く畑の畔(くろ)肩を揺らしてコーラス始む斉 藤 さよ子
「金木犀が匂ってくるね」「そうだよね温暖化だね」子犬がほえる保 坂 謹 也
水(み)の口の水の調節果たす板納屋に重ねて五月を待たん横 内  進
今日もまた気付いてしまった卵どうふの底がすこーし小さくなるを飯 塚 益 子
トミさんの背中は更にまるまってゴミの袋を引きずってくる秋 山 久美子

自転車のかごのラジオは眠らずに星に向かって歌い続ける 石 川 なほ子
塵除けの箱に掛けたる新聞紙未読の記事に呼び止められる尾 野 深紗子
わが子から孫へと続く八千代掛け繭玉みたいな幼なを包む佐 野 可主子
バーコードバンド手首に付けられて手術を受ける物体となる浅 川 節 子
フルートの音はうす絹なめらかに冬の素肌に滑りおりゆく荒 居 干 織

2023年1月号(VOL.41)NO.390 河野小百合 選

立冬の空の深きにふくらめる枕に今日のすべてを載せる浅 川 春 子
ディスプレーのコーヒーカップの立たす湯気日毎濃くなり冬に入りゆく内 藤 勝 人
前立腺摘出終えたわが夫の尿量聞いて今日が始まる赤 岡 奈 苗
このつぎは三百二十二年後ですともかく今日は返却期限中 澤 晃 子
ひと夏を伸びにのびたる葡萄づる極楽ごくらく空に遊んで砂 原 よし子
女子オープン居間に視ている夫と子の歓声とくに聞き分けがたし久保寺 弘 子
丸々と風たくわえて紅のコキアの並ぶ新住宅地望 月 迪 子
妊婦さんに挟まれて待つがん検診アロマほのかに香れる室(へや)に中 山 恵 理
うしろから自転車が来る気配して道をゆずれば落ち葉のつづく杉 田 礼 子
ぽっこりとおなかを少しふくらませ白清々し十三夜の月秋 山 眞 澄

市営バスのボディーに描かれし大き桃毛がふんわりと舞いくるようで古 屋 あけみ
おもちゃなど投げくる駄々子のミサイルのような攻撃ロシアを重ね内 藤 のりみ
富士山は美しすぎると言う男(ひと)は英字のバイブル携えて来る西 村 鈴 子
教官はうなずきながら点検す七十五歳の運転技能を永 田 はるみ
ゴルフ場がソーラーパネルの湖(うみ)となりトンボのめがねはさぞ眩しかろう飯 塚 益 子

稲刈りに互いの語気の荒くなる予想気温の三度上がるは石 川 なほ子
父の名の表札外す玄関の跡くっきりと白き外壁佐 野 可主子
どこまでも青いばかりの空だから秋の階段かけ上がる脛荒 居 干 織
お隣の中一男子近ごろは野菜づくりに鉢が増えゆく詫 間 妙 子
植木屋の夫婦どちらも肩までの髪を先だけ金色にして小田切 敏 子

2022年12月号(VOL.40)NO.389 河野小百合 選

邪魔されぬ死を手に入れたベランダの蟬の見ていた碧き大空斎 藤 皓 一
紙コップを積んでならべて子どもらが体育館に生む白いまちなみ中 澤 晃 子
新しきノートに所信表明のように一首を記していたり佐 藤 利枝子
夕ぐれが早くなったね敬老の紅白饅頭いただきながら 石 川 輝 子
カラッポのぶどう畑の棚の下両手を広げ大き息する坂 本 芳 子
穂芒を挿してはなやぐ一升壜意外と似合う出窓の月に望 月 迪 子
割り切れぬ思いに国葬のテレビ消す献花の人波デモの人波砂 原 よし子
欄干に来し赤トンボ渓流を見下ろす吾にしばしつき合う小佐野 真喜子
「どんじり」と「びり」は最下位同じ意味甲州弁ならやっぱり「げっぴ」仙洞田 紀 子
満身にかかえた光がこぼれだす午後のすすきを風がゆらせば浅 川   清

みこもかる信濃の赤き夏リンゴむきいる皮が伸びてゆくなり保 坂 謹 也
落花生をつつき散らせるはしぶとの鋭き眼光プーチンに似る 角 野 成 子
モビールの小鳥のように回りいる何時ものスーパーそしてコンビニ岡 田 喜代子
水筒を取りに戻りし友を待つ登校の列に秋の日やわし秋 山 久美子
「次に買うコーヒーカップは軽いのに」そこまで老いたかわたしの妻は浅 利 尚 男

ああなんだここに居たのか二歳児はティッシュの箱を空っぽにして石 川 なほ子
無花果の熟れ落ちるときひと粒のひかりに庭は身震いをする荒 居 千 織
夕暮れて秋の手仕事こそ楽し栗の鬼皮指染めて剥く尾 野 深紗子
秋風に活字疲れの目を洗う 川の向こうにこすもす揺れて清 水 ひろみ
海色のグラスにビール注ぐとき鎌倉の波押し寄せてくる浅 川 節 子

2022年11月号(VOL.40)NO.388 河野小百合 選

ボブカットの老女を捜す貼り紙の今日も揺れいるデマンドバスに加々美   薫
海の色があふれぬように包まれたポストカードをわたされている佐 藤 利枝子
綱引きのようにふんばり稗を抜くとんぼ群がる夕ぐれの中古 屋 順 子
朝に出てゆうべに帰るごとくにも三年ぶりの子の寝姿は斎 藤 皓 一
月夜には幼き吾が乗りていん母の作りし陶板の馬前 田 絹 子
ゴーヤーの加減知らずの蔓の先まあだまだまだ雲の峯まで望 月 迪 子
十五夜が御坂の山の端にのぼり甲斐一円を光がつつむ砂 原 よし子
午後からは予報どおりの雨となり隣の畑でも脚立をしまう三 沢 秀 敏
音高く蕎麦すする子の首長し大盛り二枚たいらげてゆく角 野 成 子
銀色のパネルに総身おおわれて苦しくないかソーラーの山浅 川   清
ウクライナの民俗楽器のバンドゥラ「翼をください」静かに奏で斉 藤 さよ子
わが庭に生まれ出たのか飛び立った?の飛行のバランス悪し保 坂 謹 也
物言わぬ男孫を乗せて走る道紅葉の先がもう色づいて堀 内 和 美
お隣はわが村のランドマークなり屋根に真っ直ぐ白鷺立ちて 石 川 なほ子
絵日記の最後のページのカブトムシ茶色のクレパス小さくなりゆく
西 村 鈴 子

什上がりし風鈴を背に車イスは南極展へと向きを変えたり
田 丸 千 春
携え来し二冊の本を読み終えて旅の予定の一つを果たす清 水 ひろみ
「閉店」を「完全閉店」と書き替えてふんばっている銀座の老舗詫 間 妙 子
あの人はいつも突然やってきて口約束の余韻を残す樹   俊 平
きみだけの空を映した丸眼鏡きみの創った世界のかけら中 島 早 希

2022年10月号(VOL.40)NO.387 河野小百合 選

この朝の金剛力士の夏雲は甲斐駒ヶ岳をかくしてしまう清 水 さき江
秘書という肩書きをもちどことなく演じて週に三日のパート中 澤 晃 子
〈こうなるとただの鉄屑〉トラクターを悼む陽はさす夏の畑に斎 藤 皓 一
カラスきて鳩も来るらし水あびの庭の洗い場水を足しおく古 屋 順 子
表情はマスクの中におしこめて眠れぬ老母の繰り言を聞く望 月 迪 子
通りがかりの老婦にいたくほめられて色づきの良い二房を切る三 沢 秀 敏
さしあたりサラダの足しになるほどのパセリを播かん庭の隅っこ加々美  薫
手術から十三年目脊柱の「ビスのゆるみもだいじょうぶです」(脊柱管狭窄症)堀 内 久 子
ひとところソーラーパネルを輝かせ夏の夕日が足踏みをする浅 川  清
青ふかき日日の暮らしを詰め込んで捨て行く紙はリユースされる保 坂 謹 也
茅ヶ崎ゆ送られてこしトルコナス真っ白なボディーにレシピを添えて仙洞田 紀 子
「ただいま」の男孫(まご)のテノール吹き抜けて玄関に吊る額ゆらぎたり内 田 文 恵
夕風が防災無線の語尾だけを連れてカーテン大きく揺らす飯 塚 益 子
〈岡島〉がなくなるらしい団塊のわれの忘れぬお子様ランチ甘 利 和 子
カリガリとラスクを食めば二女が来て三女すぐ来てにぎわいの夏
伊 藤 千永子

桃の木下にシルバーあるは食べ頃ととんちんかんな盗っ人のあり
石 川 なほ子
泣きながらレシーブつづく決勝戦十三歳の夏真っ盛り佐 野 可主子
立ちのぼる白い煙は〈笑〉の字に義父(ちち)十七回忌族の集う清 水 ひろみ
核兵器先制不使用希求するグレーテス氏の声朗々と尾 野 深紗子
向目葵をめじるしにして曲がる角 秋の知らせは来なくてもいい荒 居 干 織

2022年9月号(VOL.40)NO.386 河野小百合 選

炊きたての飯の薫りがするんだよ稲の花さく畦に叔父いいき内 藤 勝 人
まだ濡れている朝空へ軒つぼめ狩りにゆくらし早口に鳴く浅 川 春 子
小麦畑焼かれる農民このわれは鹿よけテープ畦に張りいる古 屋 順 子
一つずつ音と光を消して寝るKDDI明日を待とう石 川 輝 子
頭なで背中さすればさらでだに腹もさすれと仰向けになる三 沢 秀 敏
細っぴもひねくれ者も旨そうだ庭に実ったうりの兄弟中 山 恵 理
草刈るは男壮(ざか)りらしき夏富士に顎つき出して水飲まんとす望 月 迪 子
小さき子を諭すがごとく出がけの息子(こ)「暑くなるからうちに居ろしね」久保寺 弘 子
近づいて見れば玉ねぎ畑なり北海道のサイズにそよぐ浅 川  清
はたらきかた改革という週末は郵便物がポストに休む秋 山 眞 澄
夏富士のすっきり浮かぶ奥座敷たとう紙の紐ほどいてゆきぬ古 屋 あけみ
振り向くと父の姿が見えなくて補助輪のなき夏の校庭保 坂 謹 也
あめんぼの影の映れる池の底小型ドローンの空飛ぶごとし飯 島 益 子
この世には形の違う不幸せが幾つもあると狙撃犯に知る堀 内 和 美
これからはゆっくり行くよと妹のシルバーヘアが夏日に光る
秋 山 久美子

転院のための封書を受けとって身延線での旅も終わりぬ
西 村 鈴 子
ブレーメンまで歩けそうもない雄犬がペースを上げて水場に向かう尾 野 深紗子
半世紀役目を終えしぬか漬けの石はただ居るベランダの隅福 田 君 江
生まれ家の庭より移すあじさいの素朴な白は母をおもわす小田切 敏 子
川沿いを窓全開に走る朝みどりの風を独り占めして佐 野 可主子

2022年8月号(VOL.40)NO.385 河野小百合 選

ありったけの流れとなりて甲(かぶと)川八ヶ岳(やつ)南麓の夏がはじまる古 屋 順 子
紫陽花の根方は喉(のみど)大バケツひとつの水をたちまちに干す斎 藤 皓 一
黒猫を根本に眠かせもったりとジャーマンアイリス真昼間を咲く堀 内 竹 子
六月のバックミラーにあらわれた虹にまっすぐ降る天気雨中 澤 晃 子
声張りて土俵ひらひら跳ぶごとく行司伊之助夏衣かな望 月 迪 子

ギャラリーのように揺れいる緑たち湖畔の周遊コース走れば中 山 恵 理
非常食を日常食に食むゆうべ消費期限をむかう赤飯室 伏 郷 子
思い切り大きなくしゃみ5連発桃の畑にカラスとび立つ三 沢 秀 俊
いつのまにでっかくなりしスニーカー男爵いものすぱっとはまり角 野 成 子
底なしの空を呑みこむ見張田は八ヶ岳南麓の底なしの湖浅 川  清
叶き捨てた言葉のはずの「憎たらしい」スマホがとらえ説明始む中 西 静 子
アクセルを噴かした様な風が吹きゆっさゆっさとエゴの木ゆする卜 部 慶 子
さて「いぬのおまわりさん」も安心すマイクロチップの装着義務は石 川 なほ子
赤白帽かぶりし子らの手にノート〈ポンポン展〉の空気やわらぐ岡 田 喜代子
いっせいに水田に鳴ける蛙たち我が田の蛙加わるらしき
永 田 はるみ

わが歌を声にし読めば水槽の金魚あたふた鰭を動かす甘 利 和 子
「ありがとう」妻に電話をしたという命のおわりKAZUIの底浅 川 節 子
炎天の道路工事の停止線日焼けの腕が白旗を振る佐 野 可主子
夜の雨みぞれに変わる無人駅アートペンチに冬が座りぬ 樹  俊 平
馬子たちの汗の染み込む石畳復活めざし掘り起こすなり渡 辺  治

2022年7月号(VOL.40)NO.384 河野小百合 選

レイトショー終われば非常階段は見知らぬ海へつながっている佐 藤 利枝子
十八歳(じゅうはち)の線刻まれず米松の太き柱は役ひとつ終う中 澤 晃 子
「雀の鉄砲」ロシアの風にのりこしか五月のわれの花壇を侵す藤 原 伊紗鎬
老い人のATMを手助けす防犯カメラに写されながら浅 川 春 子
軽トラの幅ぎりぎりの畑の道いつもの雉に先導されて三 沢 秀 敏
食べるより見ていたいからリンゴ飴かざし歩行者天国を行く中 山 恵 理
九州から届いたんです豊満な乳房おもわすデコポンニつ佐 田 美佐子
一列に丈を揃えてハナアヤメ腰を伸ばせと言われたような砂 原 よし子
洗濯機三回分の冬服が風に揺れたり父の裏庭笠 井 芳 美
はりつめた閲覧室に入りゆけば人はかすかに耳を動かす角 野 成 子
睦子さんが豆まく後を鳩が追う初夏の日差しがニコニコ見てる武 藤 睦 子
フルートの響き思わす八ヶ岳(やつ)の風雑木林にたましい宿し内 藤 のりみ
この夏の参院選のお願いは個票にあらずライン登録石 川 なほ子
四月きて『山女が俺を呼んでる」と夫の張りきるラジオ体操甘 利 和 子
立ち漕ぎで登りてくるはわが男の子俯きしまますれ違い行く
堀 内 和 美

侵略者なき四階のベランダに春日を浴びて青菜は芽ぶく西 村 鈴 子
朝のひかり葡萄の棚に届ききて枝へ枝へと這う水の音荒 居 干 継
子と孫とワイングラスを合わせたり何はともあれ一つの家族鈴 木 憲 仁
閉店を告げる手書きの貼り紙が風雨に耐えて未だ破れず 樹  俊 平
子育ても生まれ育ちも甲府にて墓所は直径一キロにある詫 間 妙 子

2022年6月号(VOL.40)NO.383 河野小百合 選

桜木の下の異界へ誘われん「どっとはらい」と言わるるまでを前 田 絹 子
〈このようになるまでオレは働いた〉束子で洗うゴム長の底斎 藤 皓 一
白鯨の碑の足元に風ありて守るがごとくはなびらを積む赤 岡 奈 苗
西へ行き南へまがりさやさやと信号機なき北杜をはしる今 井 ひろ子
トートバッグの中に草もち桜もち大法師公園母と歩みぬ中 山 恵 理
早春の山のわさびのさみどりを今年限りと丁寧に刈る望 月 迪 子
咲きみちる連翹の垣に触れぬようぴっぴっぴっぴバックしてゆく砂 原 よし子
スーパーのレジを打つ人今日からは客に打たせる指導者となる川 丼 洋 二
ほんのりと赤み増したる四方の山むうんむうんとふくらんでくる浅 川  清
逆上がりが今もできない春の宵指にのこれる砂あたたかく仙洞田 紀 子
枝先に莟ふくらむ白木蓮グーチョキチョキの明日はパアに秋 山 眞 澄
ディズニーの動物連れて行進をキーウの街のみどりのなかを保 坂 謹 也
北側の廊下の空気やわらいで春の時刻表くっきりと貼る伊 藤 干永子
一階の校舎の窓の明るくてまだ帰らない先生がいる飯 塚 益 子
「配信」てよく分からずに紛れ込む年甲斐もなく桜満開
田 村  悟

新しいキャットタワーと思いしか縦横無尽にひな段を跳ぶ石 川 なほ子
夫とせし重き議論の正解(こたえ)なし特定少年実名報道尾 野 深紗子
砲撃ののちの音階に揺れているキーウの街の赤いブランコ荒 居 干 織
歓声をあげ車からとび降りる幼は花のひとひらとなる山 内 薫 子
思い出は折り紙みたいに折り重ね時には広げ空を飛ばさん佐 野 可主子

2022年5月号(VOL.40)NO.382 河野小百合 選

長靴の泥んこおとす春の水 くよくよするな蛇口全開古 屋 順 子
ハンガーに腕組みをするセーターは弥生の風にためらうらしも今 井 ひろ子
横たえるわれに朝刊届けくれ階降りてゆく音の不揃い大久保 輝 子
青みゆくコップのクレソンひとつまみ里のせせらぎふくらむ頃か藤 原 伊沙緒
二泊して受験先から戻りくるあごにまばらな髭を生やして中 澤 晃 子
息子よりのアメジストの月耳たぶに初のバイトの重みがゆるる中 山 恵 理
デリバリーの簡易容器がみぎひだり春の疾風に揺れていきたり佐 田 美佐子
粗塩は次回にしよう チャージしたばかりのカード早々不足久保寺 弘 子
インタビュー受ける店主の黒マスクずり落ちたればまた引っ張り上げて三 沢 秀 敏
一週間前はオリンピック応援す逃げ惑いいる戦禍の人も笠 井 芳 美
根を延ばしハコベに割り込むホトケノザ陣取り合戦ここにもありて秋 山 眞 澄
折りびなの小顔(こがん)に似合う越前紙色あざやかにわれを遊ばす内 藤 のりみ
ウクライナへの侵略激しわが家のお内裏さまの遠きまなざし永 田 はるみ
器用ともものぐさとも思(も)う足指に夫はこたつのスイッチつける飯 塚 益 子
ウクライナもじゃが芋植える時期だろう終わってほしい戦争すぐに杉 山 修 二

「めっちゃうまい」なんて言えない吾が世代そんな時代に戦争はじまる田 村  悟
寂しさを気ままという語におきかえる一人のこたつ三面空いて廣 瀬 由 美
せせらぎに母と並びて摘みし芹巻きずしの具の遠き春の香清 水 ひろみ
もう間もなく奏ではじめる春の川ぽぽぽ水底チューニングして荒 居 千 繊
コードレスクリーナーに似て大切なところで充電切れる私小久保 佐智子

2022年4月号(VOL.40)NO.381 河野小百合 選

とてつもない空の青さよ「おーい空」だあーれもいない諏訪口の空古 屋 順 子
たおされし木々にゆるしを請うようにちいさな雪がきょうはやまない中 澤 晃 子
三度目のファイザー接種の朝の来て安定剤の一錠を飲む米 山 和 明
顔拭けと温きタオルを持ちくるる夫よ畑に春がきている大久保 輝 子
食事後のくすりの袋ガサゴソと互いに開ける冬の夜ごろを久保寺 弘 子
切り山椒食めば思ほゆ雪の夜大神さんへ父と行きたり中 山 恵 理
「ふくはー内コロナー外」といつになく気合いを入れて豆撒く君は砂 原 よし子
鍛冶屋橋のたもとにおわす地蔵尊肩なだらかに雪をのせおり坂 本 芳 子
心やや整いにくく風呂上がり補修剤など立て爪に塗る杉 田 礼 子
うすらいの中のビー王この朝の日差しを待ちているのかポツリ角 野 成 子
怨念をはらすかのごと吹く風に裏の欅の太枝折れる武 藤 睦 子
八十度のお湯が若葉の色になる時をゆったり今朝の味なり保 坂 謹 也
ひと夜かけ積もりし雪に被われた昨日の鬱を掘るのはやめよう堀 内 和 美
富士を見るスポット多きわが町に移住者がまたひとり増えたり堀 内 澄 子
目をつむり猫は鼻先ひくひくす近づく春を吸っているらし石 川 なほ子

昨日まで夫の着ていたカーディガン縮み具合がわたしに馴染む飯 塚 益 子
毎日の仕事は畑に行くのみのマスク不要の山里の春早 川 辰 雄
老いた身が生きるためには手がかかる薬に眼鏡、イヤホンまでも鈴 木 憲 仁
マスクして帽子かぶってどんと焼き誰が誰やら今年もよろしく廣 瀬 由 美
何気ない励ましのメモ付いてくるお隣りからの回覧板に塚 本 裕 子

2022年3月号(VOL.40)NO.380 河野小百合 選

街路樹のイルミネーションしあわせなイミテーションがまっすぐつづく中 澤 晃 子
日当りの良きむこう山柚子の木を境に5枚われの畑が窪 田 喜久子
とりあえず黙食なれば車麩のフライさくさく音をさせおり佐 藤 利枝子
腰かけて腕組みをして眼(め)を閉じる冬日だまりは逝くによき処(とこ)斎 藤 皓 一
ひとつだけ反りの合わないスープ皿朝のひかりに影をおとせり望 月 迪 子
桃落ち葉片寄りし道行き行かば馬頭観音影ながく立つ荻 原 忠 敬
突然に馬の放尿始まればげに消火栓を開くがごとし三 沢 秀 敏
新宿の二丁目あたりの姐(ねえ)さんの瞳(め)をした黒き野良猫に会う深 澤 靖 子
泊まるならシングルにして女にはひとりになれる楽屋が要るの浅 川  清
冬至の日は「ん」のつくもの食う習いうどん・れんこん・南京(なんきん)なんぞ仙洞田 紀 子
この道を真っすぐ行けば公園に堀を横切るオミクロンいる保 坂 謹 也
使いかけのセロリ一株キッチンに八重歯のように茎の伸びいる秋 山 真 澄
のし板に広げる餅のふあふあとのびたい方へのばしてあげる永 田 はるみ
中休み終りのチャイム生徒らの心残りのブランコ揺れる飯 塚 益 子
広告にHELLO KITTYの福笑い 遠き日の子のお多福笑い岡 田 喜代子
笹刈りのボランティアなるわれらまず薪ストーブをたく霜の朝堀 内 澄 子
青春の入口近く差し伸べた僕の手君がすり抜けた冬渡 辺  治
スーパーの割引食品迷わずに買い来て日々のSDGS 浅 川 節 子
正月の花を活け加え玄関は消毒液の置き場に戻る塚 本 裕 子
汗光らせ義足を外すアスリート走り高跳びセンチの誇り樹  俊 平

2022年2月号(VOL.40)NO.379 河野小百合 選

トナカイは渡航制限ないらしいサンタを乗せてロヒンギャヘと行け杉 田 礼 子
さんかくのフィックス窓に正解を知っているかの月があらわる中 澤 晃 子
静止画のごとき令和の三年の喪中はがきのぽつりと届く佐 藤 利枝子
夜の雨にぬれたる庭をなめくじが地上絵描くシルバートーンの藤 原 伊沙緒
きまりよく丸まる白菜つぎつぎと説き伏せるごと剥がしてゆきぬ清 水 さき江
おそるおそる三面鏡の角度変う地肌のすけてきし頭頂へ坂 本 芳 子
月の面をしずかに覆う地球の影我らふたりをのせて移ろう望 月 迪 子
おはようと広報渡す生垣のひとかたまりのさざんか散らせ砂 原 よし子
寒風のなかに足場を外される金属音が混じりていたり小佐野 真喜子
いくえにも渓を覆えるもみじ葉にそまるまもなく奔りゆく水浅 川  清
朝晩の寒気が募る漱石忌ねこは自慢のひげを揺らせり内 藤 のりみ
雨音を消さないほどに夕暮れを顔赤くしてみどり児が泣く角 野 成 子
日帰りの山歩きにはこのポット今日のカフェラテ砂糖を少々堀 内 澄 子
距離感を保ちてことばを交わす朝いつもの塀がことさら高し飯 塚 益 子
すっきりと皇帝ダリア青空に立ちて乳飲み子と暮らしはじめる永 田 はるみ
「迷惑はかけたくない」と蔦落葉風に吹かれて庭から消える甘 利 和 子
「ただいま」の声の調子が伝えくるかばんに詰めた今日のあれこれ清 水 ひろみ
振り返りつつ坂くだる友の背を今日の夕日がやさしく染める塚 本 裕 子
刃を入れて裂くとき秋の白菜はさみどりの風さやかに放つ荒 居 干 織
長き尾を得意げに振り柿の木に百舌鳥の初見え冬めぐり来る鈴 木 憲 仁

2022年1月号(VOL.40)NO.378 河野小百合 選

冬を待つ四尾連湖のあさ音もなく湖面の雲を風がかき消す佐 藤 利枝子
八ヶ岳南麓は霜菜園のあお首大根肩を迫り出す清 水 さき江
多摩丘陵を終の住処に雪豹は眠たげな目にしばし動かず内 田 小百合
腰痛にとらわれ過ぎて忘れいる渓流釣りの川の匂いを米 山 和 明
順番を示す番号そのたびに手の中のそを確かめてみる川 井 洋 二
自粛明けの公民館のコピー機が二十八部の注意書を吐く砂 原 よし子
立ち漕ぎの君の尻ポケットふくらますわが文庫本 まっすぐに行け望 月 迪 子
飛ぶことを忘れたようにあゆむ鳩銀杏並木に光あふれて中 山 恵 理
割り箸の先に食紅をチョイチョイとさくら色した赤飯が好き仙洞田 紀 子
さえずりは石積みの内早朝の竹刀と竹刀激しくあたる保 坂 謹 也
わたくしの体調不良を引き受けて傷みておりぬ鍋のカレーは浅 川  清
泥つきの牛蒡を洗う噛み合わぬ夫との会話一緒に洗う武 藤 睦 子
「のら猫のいびきがすごい」と隣人が目を見開きぬゴミを出す朝秋 山 久美子
十月の初冠雪の富士の山まとまらぬ歌三首に日が射す佐 藤 幸 子
風呂の窓開けっぱなしで入る癖気にしなさすぎは似た者同志飯 塚 益 子
三時過ぎ常連客が入りくる熱いのぬるいの騒がせておく浅 利 尚 男
雲を呼ぶ四輪駆動のオフロード富士のすそ野を夏がかけゆく 樹  俊 平
鶏卵を拡大鏡で見るごとし十月二十日の満月仰ぐ浅 川 節 子
あちらからこちらから届くじゃがいもの豊かな夏を備蓄にまわす梶 原 富 子
既読のみ 音沙汰なしの息子らの無事願いつつ遠富士望む廣 瀬 由 美

2021年12月号(VOL.39)NO.377 河野小百合 選

咲きさかるグラジオラスを傾かせひと夜たのしみ雨は去りたり斎 藤 皓 一
弥陀ヶ原のコーヒータイム靴先にくくっと羽おくみやまあかねは藤 原 伊紗緒
小さなる千鳥湖の辺(へ)のベンチには描き掛けのままのキャンバスおかる米 山  和 明
飴の名は〈マスク空間〉リラックスルームの籠の一粒もらう浅 川 春 子
食卓から勉強机にそのあげく捨てられているカップ納豆中 澤 晃 子
この朝の剃りを逃れしひょろひょろのたった一ぽん なぶられている内 藤 勝 人
彼岸会の初の里芋 焼きあごの出しにゆっくり昧をととのう久保寺 弘 子
夏草の茂みに一輪曼珠沙華プリマドンナのかみのほつれて室 伏 郷 子
エアコン無(ね)えパソコンも無(ね)え吾のくらし縄文時代へつきすすむのか丸 茂 佐貴子
ねむり入る時の間耳をすどおりす夫の寝息は眠剤である古 屋 あけみ
さざなみの琵琶湖を庭にひきいれてグランドホテル巨き船めく浅 川  清
TOTOのボタンを押すとこの夜の静かな水は螺旋を描く保 坂 謹 也
鉢植の小さなポトスが柵れている宿泊療養ホテルの窓辺田 丸 千 春
脱衣場におとなの義足たてかけて意外に明るい運動コーチ浅 利 尚 男
貨物車の長い連結見送りてゆっくり渡る秋の踏切甘 利 和 子
色づいた甲州百目をゆっくりと手で数え終え椀ぐ日を決める 横 内  進
庭に咲くアネモネの白夕暮れはエミール・ガレが点れるごとし 樹  俊 平
もやもやを吸い込みすぎし掃除機がぷしゅんと鳴いて事切れし朝秋 山 久美子
いわし雲かひつじ雲かと言い合いてとおい空へと旅をはじめる荒 居 千 織
夫いわく君が大勢家に居るトイレに居間に灯(ひ)を消し忘れ塚 本 裕 子

2021年11月号(VOL.39)NO.376 河野小百合 選

那須高原の風のにおいをとじ込めて冷たき梨がゆうべ届きぬ山 本 栄 子
振り返ること多くなるアリゾナの夕陽を共に見た兄が逝き石 川 輝 子
トンボ鉛筆2B一本形見なり姉の好みのバッグの底に小田切 ゆみゑ
百日紅なつの終わりの色きわめ吾が眠る間も散り急ぐなり渡 辺 淑 子
くもりのちときどき晴れの晴れくらい勉強をするうちの高3中 澤 晃 子
庭先も縁側もなし玄関のドアをおさえて立ち話する前 田 絹 子
蝉しぐれほどよき声量となりにけりへたれ耳にも良きこと一つ内 藤 勝 人
「まあまあ」と「そこそこ」の差の体調の今朝はそこそこ友に語りぬ室 伏 郷 子
半円の窪みに月の光抱き窓辺に静か亡母のこね鉢望 月 迪 子
熱中症冷房病は紙一重 森吹く風を恋しくなりぬ丸 山 恒 雄
「ライオンのおやつ」見終えて絵日記のお粥のようなときが流れる保 坂 謹 也
この森の左半分晴れていて右に降る雨光らせている浅 川  清
学校の給食おいしくなくなった小四もらす分散登校永 田 はるみ
今はもうだあれの手にも繋がらずかごめかごめも一人で回ろう堀 内 和 美
「ひまわり歌会」もり立てて鳴るこの午後の南部風鈴とんぼをよべり佐 藤 幸 子
寝そべった案山子もあってこの朝はご苦労さんと声かけて過ぐ 飯 島 今 子
タリバンのテロの映像一瞬にパラリンピックの熱戦となる西 村 鈴 子
キッチンに崩れた形そのままの布巾乾きて残暑のゆうべ飯 塚 益 子
大小に揺れて止まらぬ穂の波に感染数の曲線重なる荒 居 千 織
夫の指挟んで九十七と出るパルスメーター朝のはじまり浅 川 節 子

2021年10月号(VOL.39)NO.375 河野小百合 選

夏まつり今年もなくてポケモンの浴衣着られぬ背丈となりぬ秋 山 久美子
くつ下を履かんと椅子に座り込む白湯をひと口最中をひとつ石 川 輝 子
人影のなき夕暮れのグラウンドに誘うごとく水たまり照る斎 藤 皓 一
とり出だす時に小さく鈴が鳴る遠き幼の祭半纏大久保 輝 子
原爆に奪われし命さやぎいん〈核兵器なき世〉を読みとばされて今 井 ひろ子
キタアカリ、男爵、洞爺掘り終えてけものの如く汗振り払う砂 原 よし子
つくるのをやめたところと水田のパッチワークがひろがる車窓中 澤 晃 子
引越しの友が処分の荷のなかに木肌清しき木馬が立てり前 田 絹 子
我が家へも味見に一箱送らせて今年の中元これで完了内 藤 勝 人
睡蓮の葉の浮く鉢にキジバトの一羽を待ちて朝の水たす望 月 迪 子
あそうよソーシャルじゃないフィジカルよ私とあなたのこのディスタンス浅 川  清
客途絶え午後三時過ぐ青果店あぶら蝉のみの世界となりぬ内 田 文 惠
コロナ過をご先祖さまは来るらしい夕べの風に迎え火をたく内 藤 のりみ
二ヶ月の病院暮らし坪山は仲び放題の蔓が絡みて卜 部 慶 子
卜りどりのマスク作りしさと子さんそのエネルギーを我らいただく伊 藤 于永子
夕暮れて野良着を掛ける五寸釘倉庫の柱に黒く光りぬ  杉 山 修 二
会終えてマスクはずせばスペーシアに吾の空間ドンと広がる佐 藤 幸 子
コロッケにソースをかける一瞬に一本背負いを見損ないたり石 川 なほ子
届きたる暑中見舞いは空と海クレパスの青親指につく西 村 鈴 子
アクセルを踏み続けたらこの青に溶けていけそうな梅雨明けの空廣 瀬 由 美

2021年9月号(VOL.39)NO.374 河野小百合 選

塩味がちょうどいいよとひと粒の猫の餌をなめ孫はいいたり今 井 ひろ子
大方は高齢となり庭の辺の石垣に座す納棺までを大久保 輝 子
スケボーの少女するする走りゆく小瀬公園の青葉の中を米 山 和 明
シルバーの草刈隊に志願せし夫に持たせる水ニリットル山 本 栄 子
山々をローランサンの色あいがゆんわりつつむ夏のゆうぐれ中 澤 晃 子
四十年同じ団地に住みふりて老人会の茶菓子を選ぶ前 田 絹 子
こまぎれに徒(かち)と車にはこばれる聖火ランナーのみが笑みつつ内 藤 勝 人
チェンソーの音ひびかせて盛大に太枝を剪る木くず飛ばして砂 原 よし子
巴旦杏とはゆかしきひびき円やかな心のかたちを両手につつむ望 月 迪 子
桑の実のぽたりぽたりと地に落つる春蚕(はるご)の後にジャムとした母山 下 愛 子
ちぢみ紫蘇塩でもむこと五回なり夏の暑さを瓶につけこむ丸 茂 佐貴子
紫陽花の藍に埋もれし地蔵さん切れ長の目の誰ぞに似てる日 向 このえ
造影剤は瞬時に身体中めぐりマスクの中の呼気にもれいん勝 村 真寿美
接種へと向かうよそゆきブラウスのボタンの一つがぷらぷら揺るる岡 田 喜代子
平箱にジグソーパズルをするように茄子とトマトと旬を嵌めゆく秋 山 眞 澄
各々の待機の時間確かめて出発のごと人は立ち行く  堀 内 和 美
どこまでが本音なんだろ失恋をぴえんでくくるあなたのメール秋 山 久美子
「AIが伺います」と電話口 夫かしこまり「ハイ」と言うなり福 田 君 江
病院の床の掃除を任されるルンバのほこり人が拭くなり石 川 なほ子
ワクチンの接種せっしゅの掛け声がわっしょいわっしょいに聞こえたりして飯 塚 益 子

2021年8月号(VOL.39)NO.373 河野小百合 選

この年の百花蜂蜜すきとおる豊富村の日差しを溜めて浅 川 春 子
参加賞がマスクに変わるこの朝の区民一斉の缶ひろいなり清 水 さき江
ひとつだに雲なく空の暮れてゆく借財残し兄は逝きたり斎 藤 皓 一
郭公のスタッカートの切れの良く父母のワクチン接種日の朝佐 藤 利枝子
八ヶ岳を背景にして田植機が一筆書にゆうゆう進む中 澤 晃 子
じゃが芋の白き花打つ走り梅雨わずか堆肥の臭いをさせて砂 原 よし子
椅子席をどうぞと指されし宴席に従いている己がありぬ荻 原 忠 敬
オニヤンマふっとよぎれる夕まぐれサングラス似合う父なりしかな中 山 恵 理
富谷(とみたに)のみどりのトンネルくぐりゆく青葉の密はゆるされていい浅 川  清
とうとうと述べる理由を傾聴す行きたくない日の姑のケア論望 月 迪 子
荒畑を耕すときの我が意欲機械の力とコラボしている 渡 辺  健
麦畑をみたことが無い子はパンを食べるが麦の青さを知らず武 田 東洋一
一日の始まりとして夫のするテレビガイドの赤丸のかず甘 利 和 子
ひょいひょいと芝生に顔出す庭石菖シシリンチウムの名で店に出る伊 藤 干永子
父の日に馬刺しが届き育休を取りいる長男の無精髭思う田 村  悟
そういえば母親まかせの時流れ今は聞きたし息子の青春 浅 利 尚 男
黙食はいつもながらのことですとテレビに向きて一人つぶやく梶 原 富 子
「お母さんがワクチン二回打ったから一度帰るわ」金魚が跳ねる 山 内 薫 子
神殿に頭を下げて手を合わす節くれだつ指はぴったり合わず鈴 木 憲 仁
”おーいお茶”言ってみたいな日本の妻という座の代表として飯 塚 益 子

2021年7月号(VOL.39)NO.372 河野小百合 選

野口さん、お帰りなさいこの惑星(ほし)はいまでも青く見えたでしょうか小 林 あさこ
猫に付き私もタンポポ踏んで行く娘の家の鍵をつるして石 川 輝 子
襟足をさらう夕風生(あ)れたての夏の兆しを隠していたり佐 藤 利枝子
夏の葉ををひたすら食みてみずからの身をもて余すこの芋虫は斎 藤 皓 一
じゃがいもは蒔いておくから気にするな農婦もどきがオペ室に入る中 澤 晃 子
変わらざる山と川とが呼応するマスクを外す深き呼吸に加々美  薫
掬っても掬っても母は指の問(ま)に桜散る問に記憶のなかに 深 澤 靖 子
芋畑一畝さくり腰のばし一畝さくり鍬も休めな小佐野 真喜子
もうすぐに期限の切れるパスポート草原に建つゲルを思いき角 野 成 子
失礼ですがと声かけられてむき出しの口元に気付く食品売場望 月 迪 子
草蘇鉄内緒話をしているか行儀良い輪があちこち並ぶ 武 藤 睦 子
「行けない」のか「行かない」のかはふたたびの桜の咲きて不登校なり浅 川  清
末端でも医療従事者卯月にはワクチン接種の案内届く勝 村 真寿美
コロナ禍の五輪の決行誰(た)がためにクーベルタンに問いてきやががれ田 村  悟
そんなにも密に咲いたら叱られるこでまりこでまり風に揺れおり堀 内 和 美
今朝は雨みどり濃き雨さむい雨音のない雨会話無き雨 卜 部 慶 子
セーターをしまいし頬に春の風次に着る日に風はどう吹く廣 瀬 由 美
旅先に世事の全てを忘れるも三度の薬つきまとい来る 鈴 木 憲 仁
さよならは明日も会えるという意味の思い違いの友の急逝早 川 辰 雄
「リニアが開通したら大阪にランチに行こう」彼女は黄泉に雨 宮 たつゑ

2021年6月号(VOL.39)NO.371 河野小百合 選

さえずりが楡の巨木をころげくる風すこしある花冷えの里藤 原 伊沙緒
数学を今なら好きになれそうだ畑のはこべらきれいに抜いて清 水 さき江
春祭り告げる花火の白煙が若葉の森にしばしとどまる佐 藤 利枝子
自粛して日向ぼっこの老い二人軒先に来たアンパンを買う窪 田 喜久子
勝沼の駅のめぐりは葉桜に突っ込み線とは遠き日のこと加々美  薫
平等に老うらし女ともだちと桜のロールケーキ分けつつ中 山 恵 理
五日ぶりに戻り来たればほわほわと門からずっとわが家がにおう中 澤 晃 子
大菩薩今のぼり来し朝の日は消毒の霧に虹いくつ掛く荻 原 忠 敬
雨の日の桜花びら貼りついてちぎり絵のよう傘をさしゆく保 坂 謹 也
耳元の髪のカットにかかるとき片方外すマスクのひもを浅 川  清
楽しみの改革なりやコロナ禍に息子は絵ハガキ吾はメールで日 向 このえ
ベランダの上と下とに住み分けてつばめの家族の啼き交わしおり内 藤 のりみ
風の音とおのれの音とを沸き立たせ〈あずさ〉は春の踏切を過ぐ甘 利 和 子
四月十九日ワクチン接種の通知くる見上げた空に雲雀鳴きおり横 内  進
甲子園春の選抜一回戦同じ縦じま甲府はどちらだ秋 山 眞 澄
ケロケロと池の方から聞こえきて猫がしきりに鼻を動かす 岡   ゆり江
うぐいすに会いに行きましょあの森へできればこの手つなぎたいけど尾 野 深紗子
この枝はこう伐るんだと剪定師こだわる鋏に春の陽そそぐ早 川 辰 雄
ゼロ四つ値札を付けて中央にクラウンメロン睨みをきかす樹   俊 平
交差路のまるいミラーの映し出す四月の空は霞む花色荒 居 干 織

2021年5月号(VOL.39)NO.370 河野小百合 選

十年を経たると聞けば揺れながら共におびえた猫思い出す前 田 絹 子
暖かき春のひかりは山上のダム湖に大き鳥をあそばす山 本 栄 子
いちめんの野焼きのけむり男衆が影絵のように畔に浮きいる清 水 さき江
ガッツポーズの大坂なおみ朝刊にぬくくつつまる焼いもふたつ藤 原 伊沙緒
肋骨のすきまに風の道ありて春あさき夜はセーターを巻く石 川 輝 子
風に乗りさぞや黄砂が飛ぶでしょうマスクのような富士の笠雲中 澤 晃 子
ポスターは塀にたるんでせっかくの美人もいまや変な顔なる内 藤 勝 人
中国の旅に求めし端渓の硯この家のどこかあるはず久保寺 弘 子
呟きはいつだって本音 春雨はやさしい間合いに雫をこぼす望 月 迪 子
みちのくのみやげに買いし青ベコは三陸の海 果てしなき青仙洞田 紀 子
春のきてわたしの耳はやわらかくマスクのゴムの外れやすしも日 向 このえ
赤信号渡るのもよlし春が来て私の胸にくすぶるジェンダー保 坂 謹 也
とことこと坂道をいくランドセル私の脚のギア切りかえる永 田 はるみ
われの名を金魚につけてぶつぶつと何か物言う夫のうしろ背甘 利 和 子
わさわさと枯葉除ければ約束の水仙一列呼吸しており堀 内 和 美
老いしゆえ賀状終えるとう幾通か老いてこそ消息を知りたきものを青 柳 順 子
″落穂拾い゛の農夫のような祖母のいた昭和中頃背戸の畑に樹   俊 平
春の空春の匂いだこんな日は菜の花買いに橋渡りゆく山 内 薫 子
名を呼ばれMRIに入る時夫の補聴器吾の手が包む西 村 鈴 子
就寝用外出用に普段用いつしかマスクも使い分けして飯 塚 益 子

2021年4月号(VOL.39)NO.369 河野小百合 選

枝先にポップコーンのはじけたるごとく白梅開きはじめる佐 藤 利枝子
三枚のレシート今日の一日が洗濯槽にこなごなとなる浅 川 春 子
たんたんとペースメーカー走りいる今日の代価をわれは思えり清 水 さき江
古株の紅梅四、五輪咲きいだす根元静かに春の水おく窪 田 喜久子
ああまたもプラカードに見る髪飾りスーチlさんは少しく老いて前 田 絹 子
何度目の冬かは知れずヤマザクラ芽吹く準備はもうできている中 澤 晃 子
里びとの通わぬ道に白椿一糸まとわず咲いているなり深 澤 靖 子
ねじを巻き秒針の音に耳を当つ母のつぶやきたしかめるごと室 伏 郷 子
ゆったりと春の雲行き図書館は碇おろした客船のごと望 月 迪 子
コロナ禍に見舞うことなく逝きし義姉手作りマスク縫いためてあり仙洞田 紀 子
霰ともつかぬこの日の粗目雪剪定はじむと芽は動くなり広 瀬 久 夫
陽の匂う二人の下着たたむ手に日日の足跡刻まれている山 下 愛 子
梅園のゆうらり揺るるブランコにふわり浮いてる夫婦二人で岡 田 喜代子
夜の更けのスマホ歩数に浮かびくる今日会いし人別れたる人伊 藤 于水子
流星群を見んと仰げる冬のそら 哀しき言葉は日記より消す青 柳 順 子
大寒の昼間の月にケンケンパ子らの遊びは夢の中まで山 内 薫 子
難問のクイズの解ける日のありて体調不良をしばし忘れぬ塚 本 裕 子
茶饅頭半分にして姉と食む一か月ぶりに訪ねて来たり小久保 佐智子
寒月の光あつめて青白き水道管は垂直に立つ秋 山 久美子
アメフトのオフェンスラインの娘婿臼と杵とが小さく見える堀 内 澄 子

2021年3月号(VOL.39)NO.368 河野小百合 選

これ以上は望まぬものを口中に今朝のバナナのわずかな苦み内 田 小百合
隙間風にドアがうるさく鳴っている安倍晉三の空疎な「おわび」清 水 さき江
国道のすすきが夕日返しおり群れ立つ獅子のたてがみのごと浅 川 春 子
即席麺の空袋ひとつテーブルに昼餉の仕度せずに戻れば山 本 栄 子
ゆく川の流れは一方通行でコロナ前にはもう行けません中 澤 晃 子
初詣行かずとろとろ昼のころスマホアプリでおみくじを引く中 山 恵 理
この家の匂いをすべて消している投げ入れされた壺の蝋梅久保寺 弘 子
太極拳の靴跡の中交じりいてガラスのものか往き戻りせり前 田 絹 子
千切りの冬のキャベツはコールスロー メルケル首相の涙流れて保 坂 謹 也
くれないのつぶらつぶらのっぼみ梅鹿の子絞りの帯揚げに咲く杉 田 礼 子
怪獣の吐きたる針にほむら立つどこまでを伸ぶ感染者数浅 川   清
ばればれのつまみ喰いとも数の子は囗の外まで音のはじける望 月 迪 子
農鳥が新年早々現れてコロナウイルス変異は続く田 村   悟
初仕事は小寒の日の畑に出て李の剪定ペースを掴め広 瀬 久 夫
急ぎいるマスクにもれる息荒く涙袋も湿りはじめる岡 田 喜代子
いつからか行方しれずのわがバケツこの強風に戻り來たりぬ甘 利 和 子
玄関に泥持ち込みし吾の姿微々たる罪をセコムは暴く尾 野 深紗子
朝焼けの橙色は少しずつ宇宙に続く空色になる石 川 なほ子
迷わずに汁粉の缶のボタン押す工事事業者のゴム手袋は秋 山 久美子
蓋代わりにカップラーメンに歌集載す方代さんが温かそうだ飯 塚 益 子

2021年2月号(VOL.39)NO.367 河野小百合 選

良いほうのふたつを言いてそのほかの期末テストは寄せ鍋のなか中 澤 晃 子
編みあげし正ちゃん帽がよく似合う夫が窓越しに手をふっている古 屋 順 子
いさぎよく枯葉を落とす木蓮にけさ銀色の若芽が光る大久保 輝 子
当然のように座って目をつむる縁側にいる誰かの猫が山 本 初 子
誰もいぬ静かな昼の炬燵なり青い風船ままに転がる小田切 ゆみゑ
日溜まりに美しくなる吊し柿ドソミソドソミソ両手に揉まれ砂 原 よし子
亡き父の万年筆の滑らかさ喪中葉書にひとこと添えて中 山 恵 理
マスターズに夢中なひとの傍らでスマホにオリーブの塩漬け搜す久保寺 弘 子
午後五時にガス灯がつく和良足湯(わらしゆ)に浸かっているのは旅人ばかり仙洞田 紀 子
一人住む淋しき時間の嵩ならん母折るチラシの屑入れ二十望 月 迪 子
それぞれが分裂家族となりゆきて今年の聖夜は息子とふたり内 藤 のりみ
家電(いえでん)に吾のケイタイ探す朝もみじ葉の中にくぐもりて鳴る角 野 成 子
公園のブランコだけがゆれているコロナウイルス追い出すように卜 部 慶 子
椎の実が坂を埋める道細くずずずずずっと神社へ向かう永 田 はるみ
これまでも人と逢う事少なくて自粛生活と名を変えて過ぐ堀 内 和 美
しっかりと眠れた朝の太陽はしっかり吾の体をつつむ飯 島 今 子
コロナ禍に職業言えぬ友のおり白衣の天使蔑む社会石 川 なほ子
過去のこと全て忘れし叔父なれど古賀メロディーのギターをならす樹   俊 平
亡き姉が学芸会にかぶりたる赤頭巾あり母の箪笥に小久保 佐智子
汗だくの体に一滴香水を落として籠に李椀ぎゆく市 川 ふくじ

2021年1月号(VOL.39)NO.366 河野小百合 選

このあした体温計を挟みたる腋下もいつか老いていにけり斎 藤 皓 一
根津邸に灯り点れば人気なき廊下の記憶足音となる佐 藤 利枝子
おっかない顔だと母が笑いたり体温計手に近づきゆけば清 水 さき江
徒渉湖のウッドチップを敷く径が足をふうわり押しあげてくる浅 川 春 子
長い長い戦いだった夏草を荼毘に付すごと火を放ちたり砂 原 よし子
アルバムに貼るをすでにしあきらめて菓子箱三つにぎしぎしためて加賀美  薫
泥つきの大き里芋一株の親子をはなすパキリパキリと坂 本 芳 子
向う岸にシャッターチャンス待ちいるか車の列が朝の日返す小佐野 真喜子
コンビニは煌々として夜明けまで淋しきものを誘いつづける望 月 迪 子
帰り来て今日のマスクを四つ折りすはあっと息をはき出しながら保 坂 謹 也
加速する判子文化のデジタル化わが存在をたしかめて押す内 藤 のりみ
いいんだよ紅葉がりならこの庭で無駄な答弁寝ころびて聴く丸 茂 佐喜子
湯上がりの手首に残るマジックの時計おさえて幼はねむる青 柳 順 子
朝霧は盆地を満たし二子山越えてわが里神金に来る広 瀬 久 夫
柿ひとつ奪い合うこの椋鳥ら嘴赤く重なりている横 内  進
坂の上の家の柚子の木だいだいがぽかりぽかりと青空にうく永 田 はるみ
久びさに会う約束は友の死の列に加わる明日の夕刻梶 原 富 子
森深く道は岐れて夕焼けにコテージを指す矢印の立つ樹   俊 平
われわれも逝けば老衰のふた文字ね受話器通して淋しく語る塚 本 裕 子
七か月ぶりに入りゆく図書室の言うに言われぬ「ああこの匂い」飯 塚 益 子

2020年12月号(VOL.38)NO.365 河野小百合 選

敬老会中止となりて配られる電気ミニマットふかふかとして大久保 輝 子
稲扱きの準備するらし物置の明かりのともりエンジン音す日 向 敬 子
宗次郎の奏でる音色乗せてゆく人間ドック健診のあさ斎 藤 皓 一
三円のセブンイレブンの袋には三円以上の手触りのあり米 山 和 明
マスク着け会話を控えテーブルにかに釜飯を三分蒸らす佐 藤 利枝子
セキレイの尾にまねかれて林道をこのままゆけば秋の入口中 澤 晃 子
ひと冬を送れますよう五枚ずつ夫の下着に名を記しゆく古 屋 順 子
果てのあることの安けし海までの一本道をただに歩めり前 田 絹 子
この朝稲田は刈田と化しておりいつもの道がぽかあーんと広い望 月 迪 子
さっと触れトンボがゆきし水溜り怒りのように雲を乱して仙洞田 紀 子
ハモニカのドレミを順に吹くように唐蜀黍の粒を噛みゆく丸 山 恒 雄
鰯雲わんさか浮かぶ大空に底引き網を曵いてゆきたい砂 原 よし子
予科練の雷艇隊の隊長の親父は何も話さず逝けり田 村  悟
玄関のマスク専用フックにはひらりと下がりわれを待ちおり岡 田 喜代子
観客は一家族一人懸命にバトンを渡す動画を見つむ甘 利 和 子
旅好きの息子が今は自粛して動画で「呉」を旅するらしき斉 藤 さよ子
面会は十五分まで 老い母に「あかんべえ」して笑顔引き出す浅 川 節 子
ただいまの声と帰りし洗濯物行ってきますに間に合わせよう廣 瀬 由 美
借り手なく作る人なく山裾の畑は獣の遊び場となる雨 宮 たつゑ
秋めいて売り場に並ぶランドセル男の子すばやく黒をかかえる梶 原 富 子

2020年11月号(VOL.38)NO.364 河野小百合 選

思い出の何もなき夏スカートの裾を揺らして終わりを告げる佐 藤 利枝子
フェイスガードに盂蘭盆の経上げくるる僧侶の首に汗の光れり山 本 栄 子
荒草が伸び放題で絡みつくこれも筋トレ足踏みしめる日 向 敬 子
お情けの裁きがいいね秋の夜は長谷川平蔵に逢わんと思う山 本 初 子
コロナ禍でなくても家で過ごす日日総理のマスク私は好きよ石 川 輝 子
本を読む吾の机のそばに来て居眠る母に秋の風過ぐ清 水 さき江
安倍首相辞任のニュース食卓に今年最後の「美しき」桃中 山 恵 理
地下足袋の鞐はずして待機する夕立はすぐすぎてゆくだろ三 沢 秀 敏
雨上がりのタイルにできた水溜まり我のうしろに青空があり保 坂 謹 也
縁側にしおからとんぼ飛んでくるギョロギョロ目が父に似ている丸 茂 佐貴子
雨蛙オクラの葉っぱに座りいる親指姫を探してみたり笠 井 芳 美
突然の首相辞任に蝉しぐれ和すがごとくに競うがごとくに日 向 このえ
猛暑日の歌評述べあうテーブルに汗をかいてる冷凍みかん浅 川  清
新築が二軒増えたるわが組をゆっくり見ながら区長が行けり浅 利 尚 男
だれかれに過剰サービスする君は酢豚の赤いパプリカのよう角 野 成 子
ふくらめる莢から順に食べてゆく枝豆夫は畦豆という岡 田 喜代子
炎天の防災訓練おみならは日傘をさしてディスタンス取る石 川 なほ子
ほんの少し涼風混ざり吹くタベスプリンクラーに秋茜寄る飯 塚 益 子
肩並べ妻と見上げる三つ峠縄文人も眺めただろう樹   俊 平
一日の仕事を終えて脱ぐシャツの汗に重たしまだまだやれる鈴 木 憲 仁

2020年10月号(VOL.38)NO.363 河野小百合 選

花嫁の白き半巾よそゆきのマスクにせんと鋏を入れる山 本 栄 子
ひまわりのソフィアローレン涼やかに梅雨の見舞のハガキ手に受く山 本 初 子
ピンク帽の児らが駆け込むうすべにの合歓がゆれあう午後の木陰に藤 原 伊紗緒
精出して水施せしメークインざくっと掘ればあらかた小振り藤 原 昭 夫
航空写真しけじけ見れば吾が家の継ぎ足し普請なんとも多し古 屋 順 子
この宵は雨乞虫もくわわって夏の網戸は密になりゆく中 澤 晃 子
オフイスには夏草の香のながれきて感染防止対策中なり佐 藤 利枝子
ストレスの解消になれわり箸とバケツを持って毛虫を探す清 水 さき江
あぐらかく梅雨前線ずぶ濡れの町にうす目のごとき青空仙洞田 紀 子
行く末を思えば雲はいつの間に分かれわかれて青に溶けゆく望 月 廸 子
土用干しの南高梅のしわくちゃをまたほっとして紫蘇酢に戻す杉 田 礼 子
ミニトマトは音符のごとく生りており「ひいふうみい」と赤き実を摘む山 下 愛 子
長雨はうってつけだよピーマンのひだに身を置くなめくじひとつ永 田 はるみ
原色の幾何学模様のTシャツが在宅勤務の次男を晴らす勝 村 真寿美
コロナ過はマスクのままで焼香す律儀な君に失礼ながら浅 利 尚 男
膝の痛みに三日通わぬ畑中のバットのような瓜につまずく角 野 成 子
盂蘭盆に読経する僧マスクしてショートショートと帰りを急ぐ雨 宮 たつゑ
みつ豆の赤えんどうの存在感そんなばあばでいたいと思う秋 山 久美子
朝七時エンジン音の威勢よし葡萄を載せて運搬車行く伊 藤 千永子
終活をしている友より付き合いはもうここまでとメールが届く堀 内 澄 子

2020年9月号(VOL.38)NO.362 河野小百合 選

〈ウィズコロナで乗り切ろう〉三河木綿のマスクに添える子の走り書き大久保 輝 子
手わたしが禁じられたる回覧板されど手わたす老いの夫婦に沢 登 洋 子
平らかに水の入りしを確かめて十六枚の田を巡り来つ山 本 栄 子
モリアオガエルふいに現る墓参り蛙が好きと初めて聞きぬ米 山 和 明
火を抱き微かふるえる富士山に今朝も添うなり雲のさまざま渡 辺 淑 子
強いられているわけでない家呑みはテイクアウトのフレンチフライ佐 藤 利枝子
正しくは〈再開〉なれど〈会〉の字が令和二年にしっくりとくる中 澤 晃 子
マスクつけ帽子をかむるわたくしの影を薄めることにも慣れて清 水 さき江
ひさびさに鉄打つ音のひびきくる吉田鉄工の高窓が開く加々美  薫
額から化粧はじめて病院へ額を出してまずは検温日 向 このえ
挿し芽せし白紫陽花を地に植えん夏がしぼんでしまうまでには杉 田 礼 子
我が畑をキャンパスなりと草を刈る振り返り見る初夏のいろどり渡 辺  健
土鳩は畑の中に餌求めなきつつ春の光に沈む武 田 東洋一
このような施策もあったと孫子までアベノマスクを箪笥にしまう浅 川  清
手の甲を青銅色に焼いている野良の仕事にマスクは無用横 内   進
入選の朝は静かに明けてゆく天狗山なる緑が沁みる広 瀬 久 夫
スイッチを入れればコロナウイルスが映る画面に猫はパンチす西 村 鈴 子
愛車より降りる日近くわが夫の貧乏ゆすり日ごとに荒し福 田 君 江
屋根の上にソーシャルディスタンス保ちつつ梅雨の晴れ間を囀りつづく藤 原 三 子
「どうしっか」困った時の甲州弁「おれんやらあ」の男気を待つ秋 山 久美子

2020年8月号(VOL.38)NO.361 河野小百合 選

里山の木々の間にパラソルをかざすがごとし白き桜は浅 川 舂 子
職退きて七年が経つわが夫に贈られて来し〈創業百年史〉山 本 栄 子
伊奈ヶ湖の白鳥の名はマイク君「おれの達(だち)だ」とパン屋指さす米 山 和 明
森永のミルクキャラメル袋入りうすくなりたる昭和の昧は今 井 ひろ子
過ごしたる”おうち時間”はクリムトのジグソーパズルの半分を埋む佐 藤 利枝子
お田植は特別許可に該当しひと月ぶりに夫は帰り来中 澤 晃 子
母と行く川べりの道フェンスには小指がほどの木通が下がる清 水 さき江
マスクしてシート隔てた応答にわれの補聴器ねをあげている内 藤 勝 人
夕暮れのバケツに洗うTシャツが呼吸のようにジベを吐き出す砂 原 よし子
犬猫と話すだけって日もあると自粛生活笑いし父は笠 井 芳 美
一人来て拉致海岸の砂を踏むわれのめがねはつめたく曇る内 藤 のりみ
縫いあげしハンカチマスクくちもとにあててはずしてひとりの夜に仙澗田 紀 子
いくつもの小さきハンカチかけたごとヤマボウシ咲く おろしたての白浅 川   清
自粛緩和の荒川こうえん園児らはピンクの帽子をジグザグゆらす飯 島 今 子
六月の柿の若木の太い幹登れば体力(からだ)は空を見上げる横 内   進
玄関に男の子こぼせる缶ジュースてらてらてらと蟻の寄り来る角 野 成 子
ああこれが〈アベノマスク〉か可も不可もなくとりあえず箪笥にしまう飯 塚 益 子
新しき車のカタログめくる手は動物図鑑繰りしあの手よ尾 野 深紗子
触れること向き合うことも許されず何処まで続く地下茎の絆堀 内 和 美
新聞紙広げて豆の筋を取る 医療現場の友思いつつ伊 藤 干永子

2020年7月号(VOL.38)NO.360 河野小百合 選

「回覧板は中止にします」とりあえずひとつ日常が変えられてゆく大久保 輝 子
「おごれる人も久しからず」と口ずさみこの日も洗う使い捨てマスク今 井 ひろ子
今ならばカルロス・ゴーンはどこへゆくよしなしごとを思いてわれは小 林 あさこ
コロナ禍のせいなのだろうLINEには色んな花の動画がとどく米 山 和 明
肺胞のひとつひとつを浄化する五月の風を待ちいる今は佐 藤 利枝子
休校がまた延ばされて母と子の時差がじわじわ広がってゆく中 澤 晃 子
〈北杜市に移住してます〉フロントに貼って多摩なるナンバーけなげ古 屋 順 子
室外機の風におののく紋白蝶声を持たぬは個性なるべし加賀美  薫
鳴くのならこぴっとなけよ嘴太烏はるの畑はねむくてならぬ久保寺 弘 子
空っぽの運動場のブランコに使用″禁止の札が揺れてる仙洞田 紀 子
大型のクレーンの活躍“ゴジラ”なみ東宝エイトのサヨナラ上映日 向 このえ
さみどりの大蔵経寺山にゴマダレをかけ食卓におきたいような丸 茂 佐貴子
手にふれるものを数えたことことなんて令和二年のわが手見つめる浅 川   清
ひょうひょうとコロナ禍の中現れる赤銅色に日焼けす庭師永 田 はるみ
新しい地図に書きこむ過去の旅令和二年は思い出旅行田 丸 干 春
ひと呼吸おいて言葉を探してるあなたの思いをマスクが隠す角 野 成 子
片手上げ娘と吾とそれぞれの職場へ向かう朝靄のなか 樹  俊 平
「接触をしないように」のお達しに居間から家族消えてしまえり石 川 なほ子
着ないまましまわれてゆくよそゆきのピンクのセーター「ステイホーム」の春廣 瀬 由 美
クリーニングされて届いた冬コートこのまま友への形見となるや塚 本 裕 子

2020年6月号(VOL.38)NO.359 河野小百合 選

陽を風をたのしむごとくツバメらは引込み線をゆらしておりぬ斎 藤 皓 一
黒猫がゆるく入りゆく休校の庭のさくらが満ち咲く朝を藤 原 伊紗緒
線香は焚かぬと決めしこの里の傾りの墓所に夕暮れ迫る山 本 栄 子
わたくしを支える人はこのわたし昨日より白き北岳の尾根浅 川 舂 子
安らぎを貰いに来ました一人して桃の花咲く畑に立ちぬ赤 岡 奈 苗
母さんと私の筋力まだ確かゴム風船を飽かずつき合う清 水 さき江
外泊は果たせてやれず花は散り君の分までじゃがいもを播く古 屋 順 子
本日は百人超える感染者 十進法の一喜一憂中 澤 晃 子
日曜の午後の空白虹いろのスカーフ選ぶパソコンのなか中 山 恵 理
木管のロングトーンに似る今朝のクロの遠吠え弥生の空へ望 月 迪 子
土手歩くマスク姿の人増えて風に消される挨拶の声笠 井 芳 美
何かこう押さえられてる感じしてマスクの口にドロップ頬張る古 屋 あけみ
マスクにはニコニコマークを貼るという健康ランドのコロナ対策浅 川   清
休校の窓が全開されている増穂小学校明日離任式秋 山 眞 澄
とまり木のスターバックスは休業日持ち帰るのみの春が重たい勝 村 真寿美
公の施設はすべて閉鎖なりひと日縫いゆく朱き猿ぼぼ佐 藤 幸 子
コロナという名の柔らかにこの春の人と人とを遠ざけている堀 内 和 美
会合におなかの虫が鳴るよりも咳のひとつの居心地悪し石 川 なほ子
土つきの鳥取砂丘のらっきょうが青き芽を立て吾を急かせる山 内 薫 子
軒先にたがいの元気確かめる手作りマスク見せ合いながら伊 藤 千永子

2020年5月号(VOL.38)NO.358 河野小百合 選

無意味でも完璧でもマスクしてTSUTAYAに夕べわれが入りゆく米 山 和 明
地下鉄を二つ乗り継ぎ君に会う「変わらないね」の声変わらない浅 川 春 子
信号無視のわれを許して朝霧がふかくたゆとう美術館通り藤 原 伊沙緒
ガスボンベとり替え終えてにっこりと青年春の日にまぐれゆく山 本 初 子
組体操解くかのように春キャベツ一枚いちまい剥がしておりぬ清 水 さき江
家順に年齢順に次々と来る役と知れ跡とり息子古 屋 順 子
出歩いてつながる権利あっさりとウイルスたちに渡してしまう中 澤 晃 子
ファンヒーターがごくりと洩らす一人言まるで今宵の私のよう坂 本 芳 子
ことば無くバナナの皮を剥くふたりこんなに甘く熟れているのに久保寺 弘 子
ピチピチとおたまじゃくしは側溝に春のひかりをかき混ぜている砂 原 よし子
吹き上げる春の嵐にTシャツが洗濯ロープにジルバを踊る古 屋 あけみ
ここまでと誰が線など引くものかほうれん草が冬日に伸びる角 野 成 子
純白にかすかな緑「月影」の木札を下げた梅の木に向く岡   ゆり江
山あいのこんな小さな民宿にコロナウイルスキャンセルのあり卜 部 慶 子
拡大と拡散のちがいこの朝のポストに落とす中止の知らせ秋 山 眞 澄
道端に踏まれてちぢむマスクありウイルス感染まだこぬ我が町横 内   進
富士山とドクターヘリがコラボするやまなみ通りのこの橋の上西 村 鈴 子
剪定の桃の上枝の雨粒が朝の光を受けて円やか 浅 川 節 子
先生も生徒もいない校庭は猫がゆるりと春を浴びおり秋 山 久美子
春空を見上げるわれの足元にわれを見上げる名を知らぬ花廣 瀬 由 美

2020年4月号(VOL.38)NO.357 河野小百合 選

タクシーにクルーズ船に飛行機にウイルスとして乗りついでゆく中 澤 晃 子
ごろごろと箱のみかんの残されて一人二人と子らは帰りぬ大久保 輝 子
一匹のもぐらを殺めトラクターは春の畑を耕してゆく斎 藤 皓 一
右折せずまた川沿いを遠廻り夕陽にかがよう波しずかなり窪 田 喜久子
欄干に立つ裸婦像のすんなりと朝日の中に胸をつき出す藤 原 昭 夫
滝壺の泡と揉みあう流木の行き処なく春まだ遠し加々美  薫
庭先の漏水の箇所見つからず使ったと思えば二月も終わる古 屋 順 子
この年もメールにすますe-TAX確定申告するほどあらず内 藤 勝 人
のど飴もトローチも効かぬ咳続き新型コロナを検索しているのだ笠 井 芳 美
冬蝶の離るる時のゆらめきは一歩を踏み出す姑にも似たり望 月 迪 子
つややかなオレンジ色の薔薇の実が窓のまわりを暖めている砂 原 よし子
じやが芋の芽がぼうぼうと育ちいて収納庫の中は異界となれり中 西 静 子
八歳のアキレス腱のしなやかさ〈なわとび選手権〉ま近となりて永 田 はるみ
冬晴れの水車の矢羽根に絡みつつ跳ねつつ雫のひかりがまわる浅 川  清
忘れゆきし小さきボールに積む雪が小さく崩れ黄の色みせる角 野 成 子
眠らない母に包帯の手を見せる母が母になり撫でてくれおり田 丸 千 春
春の陽に古き家計簿ひらきおり 白紙、白紙の昭和五十年福 田 君 江
赤ワイン飲みながらする雑談のそれは豊かな月並みだったの子  樹  俊 平
「ひさしぶり」セーラー服にハグすれば私の腕はその腰あたり飯 塚 益 子
まがりなりにも葡萄農家の三代目その荷の重さ誰か知るべし芹 沢  昇

2020年3月号(VOL.38)NO.356 河野小百合 選

ひゅーひゅーひゅう金曜の夜に巡りくる焼芋売りの顔は知らない小 林 あさこ
オレンジの明かりの灯る安らぎは真夜の車のキーを抜くとき大久保 輝 子
〈芯なし〉の予備のペーパー初売りの家電ノジマのトイレに置かる米 山 和 明
口内炎とにきびは同じ薬です寝る前にのむピンクの小粒山 本  栄 子
LEDの照明器具に紐はなく母の右手が宙を引っぱる清 水 さき江
〈認知症介助講座〉の申込書送られきたり もういりません古 屋 順 子
黒にんにく菊芋じねんじょ道の駅に並ぶ元気な老男老女坂 本 芳 子
展示車のアピールをする風車師走の空に回りつづくる加賀美  薫
バカボンの父ちゃんが着たメリヤスも温かいけれど「ハズカシイ」のだ丸 山 恒 雄
三つ四つの染みもいとわず日章旗令和のそらとコラボしている久保寺 弘 子
街路樹の向こうの空は雨模様ふみつぶされた空き缶をける保 坂 謹 也
切り株の熾火見守る夕畑に新雪の富士あわくなりゆく望 月 辿 子
半世紀を稲架につかいし竹竿が今しどんど焼の炎に上がる 秋 山 眞 澄
店頭に細き秋刀魚が並びいる焼けばことさら細くなりたり角 野 成 子
わが夫の言葉忘れし沈黙に電波時計の秒針速し卜 部 慶 子
燃えるゴミの袋かかえる収集所八ヶ岳颪がおそいくるなり佐 藤 幸 子
褐色のシャープな顔のアルバイト村のマックに国際化来る石 川 なほ子
「サンタはもう家の近くに来てるかな」グーグルマップ見つめる男の子 伊 藤 千永子
遠くにてわれを見守る人ありと凍てつく夜はしきりに思う小田切 敏 子
台風の復興支援の壁剥がし夫の作業着に千曲川の泥飯 塚 益 子

2020年2月号(VOL.38)NO.355 河野小百合 選

六十余年共に過ごせし夫なれど爪の伸びしをついに見ざりき堀 内 竹 子
虐待はしないでしょうよしっかりと子芋をかかえ里芋届く山 本 初 子
もう少し生きてみたいとふうせんは冬の欅の枝にゆれおり斎 藤 皓 一
三十余年綴り来たりし〈タカハシ〉の三年日記廃刊となる 山 本 栄 子
昔ならば妻が看るべきだったろう介護4だの5だの言わずに古 屋 順 子
食材の届く火曜のフリーザー部活帰りがくまなく漁る中 澤 晃 子
マニュアルのように返し来ありがとうございましたと寝る前の母清 水 さき江
おひさまは子沢山なり冬に入る広葉樹林に遊ぶこもれび前 田 絹 子
自らの老いめ思いは遠く置く老母の歩みに合わせる歩幅望 月 迪 子
何とはいうことなけれども思い出す母の口癖「のの様しだい」仙洞田 紀 子
冬の夜の街の灯りによどむ空シークワーサーサワー味わう保 坂 謹 也
逆さまに壁にはりつくカマキリも見ているだろう八ヶ岳ブルー佐 藤 幸 子
チャージしてこの世の流れにのらんとし電子マネーをそっと触れさす飯 島 今 子
取扱説明書(トリセツ)の同じ個所から進めない明日へ持ち越すことのいくつか岡   ゆり江
にぎわえる台ケ原カフェの客達は髭の店主に声かけてゆく浅 川   清
まくら辺に夫読みかけの『孫育て』イヤイヤ期ありのページそのまま福 田 君 江
一人また約束ごとであるように病み尽くしては逝ってしまえり堀 内 和 美
祭り済み公民館のごくろめは老人ばかり早々と終う秋 山 久美子
右左口の隧道抜けて秋の邑火の見櫓は百年を立つ伊 藤 千永子
掃き寄せし落ち葉の上に雨降りて少しずつ沈む 日本が沈む中 山 久美子

2020年1月号(VOL.38)NO.354 河野小百合 選

戻りきし傘はいずこに置かれしか広げる時に枯葉が匂う角 野 成 子
六科(むじな)区のまつり広場のしゃぼん玉西の山並み映しながらに浅 川 春 子
晩秋のキウイの蔓の先っちょがつかまりたくて風を呼んでる渡 辺 淑 子
長雨に枝垂れてなお咲きつづく金木犀に匂いのあらず 大久保 輝 子
初霜のおりれば柿の収穫期ひとつひとつが朝の陽に照る日 向 敬 子
天日干しの藁を差し上げwinーwin厩舎のかぐろき堆肥いただく中 澤 晃 子
母と行く朝の運動むらさきに木通の熟す川向こうまで清 水 さき江
ワイン酌む切子の青に秋深む眠れぬ夜は眠れぬままに深 澤 靖 子
一年の仕事を終えしs・sの油を今日は不凍液に替う鈴 木   源
見えている星の数をも違うらし互いの老いを受け入れつゆく笠 井 芳 美
ジーンズの色落ち具合丁度よしコキアの花に会いにゆこうか日 向 このえ
五十年前のアロハを着て見ればこそばったさが背中を走る丸 山 恒 雄
「越流」と入力をして意味を知る台風被害の映像見つつ田 丸 千 春
しっかりと足をあげてと妻の声気合いはいらぬテレビ体操浅 利 尚 男
波のごと光を返す椿の葉今朝はシーツを三枚ひろぐ佐 藤 幸 子
寂しさが青い芽となり上を向く 放っておかれた玉葱一つ堀 内 和 美
リハビリの部屋の隅より高らかに両手を上げて「ソーラン ハイハイ」福 田 君 江
スクラムのかみ合いし音に歓喜する獣めくもの吾に残りいる秋 山 久美子
テレビには被災者の涙絞り出すインタビュアーの平板な声石 川 なほ子
うたた寝の肩にかけられし夏掛けの重みに気づく夜の深まりて樹   俊 平

2019年12月号(VOL.37)NO.353 髙安 勇 選

わしづかみ持って行けとてつまみ菜を流るる汗も袋に入れて藤 原 伊沙緒
放棄されつる草の這うワーゲンが夕つ日をあび鈍色に映ゆ藤 原 昭 夫
墓石には二つの姓がきざまれて日差しぬくとき秋の白山山 本 初 子
満月をカーテン開けてのぞき見る停電っづく千葉に光を 石 川 輝 子
台風の進路みながら木目込みのねずみに白き布をはりいる小佐野 真喜子
黄楊の木にこんもり糸を張りながら何を待ちいるこの女郎蜘蛛坂 本 芳 子
新しきお札の顔を語り合うポイント還元縁なき仲間前 田 絹 子
この家に住みし年月数えつつ壁這い上る蔦を剥ぎ取る渡 辺 淑 子
いくばくかリスクともなう造影剤いま動脈をかっかとめぐる内 藤 勝 人
カップルら着物姿で自撮りする三年坂の人ごみを行く仙洞田 紀 子
じわじわと値を上げてゆく手立てなれ一円二円の切手を探す丸 山 恒 雄
故郷の右左口郷は山の中防災無線木霊するなり武 田 東洋一
露さけてオクラ摘む手がひぐらしのうすき緑の羽にふれおり角 野 成 子
意外にも幼子のような返事きて吾を和ませる台風の夜勝 村 真寿美
増税がいかほどひびく購買力要るものは要るさと声たかき人内 田 文 恵
茄子・カボチヤートマトにラッキョウ目玉焼妻と向きあう今朝の食卓広 瀬 久 夫
映像は津波のような洪水に浸蝕されるふるさといわき中 山 久美子
萩の花円をえがいてこぼれ落ちわが家の庭に秋がはじまる依 田 郁 子
台風に備えるほどに狭くなり足幅のみを残す玄関秋 山 久美子
来年の家計簿手帖の注文書届くもしばしためらいており塚 本 裕 子

2019年11月号(VOL.37)NO.352 髙安 勇 選

団扇では生きられなかった老姉妹ゆたかにうちわの日もあったのに長 坂 あさ子
思い出を捨ててここまできたけれど空箱ひとつ残るわが秋斎 藤 皓 一
頂きし北杜の茄子の艶やかさしくしくと食む今朝のテーブル小田切 ゆみゑ
萌え出づる夏芹分けて川端に農にほてりし双手を冷やす藤 原 昭 夫
綿シャツを好むわたしにファッションは大事だなんて帰省の次男浅 川 春 子
足跡はぶどう畑を横切れり鹿か猪爪の大きく坂 本 芳 子
夏野菜小箱に詰めて弟に夫がしていたように今年も渡 辺 淑 子
古書店のバーゲン絵本一冊に赤子の匂い残りていたり前 田 絹 子
絵の筆を洗うバケツにぼくたちは遠心力を教わったんだ中 澤 晃 子
こじれいる日韓関係それはそれ柿の梢にゆれる冬瓜久保寺 弘 子
バスタブに胸までつかりゆらゆらとひたいのこれは猛暑日の汗保 坂 謹 也
ひげ剃りは男のスイッチ入るときパパンと頬を鏡に打ちて渡 辺   健
みそ部屋の簾の裾にからみたる蔓草は青きつぼみを持てり山 下 愛 子
夏まつりに一〇二歳なるやちよさん〈ここに幸あり〉ソロで歌いぬ佐 藤 幸 子
会場の床に光れるクリップは穂村氏のいう「世界」であるか浅 川   清
下栗生野、春米小倉、上円井、広辞苑に無く三人に聞く田 澤 きよ子
これ以上年を重ねぬ亡き母の写真やさしく絹布に包む 塚 本 裕 子
青黒き透析の跡見せながら「止めれば終り」知人は笑う秋 山 久美子
竜電のねばりの格好いただいて腰つき悪いが秋を歩こう浅 利 尚 男
落花生の殼がカラリとわれるよう「お帰りなさーい」と嫁さんの声永 田 はるみ

2019年10月号(VOL.37)NO.351 髙安 勇 選

人住まぬ家の土間にはしゅくしゅくと味噌は昭和の味醸してる藤 原 昭 夫
それぞれが足腰病むとかたりいる後期高齢わけあうように今 井 ひろ子
バス停の時刻表のわずかなる日陰に身を置く夏の真昼に沢 登 洋 子
あさまだき梢こずえのさえずりはハタリと止みぬ吾の気配に窪 田 喜久子
このところ客人あらず床の間に介護用品あまた積みおく古 屋 順 子
やはりソは半音低く夕ぐれの谷戸集落に「家路」流るる中 澤 晃 子
夏風の起こすウェーブちがや原赤いリードの子犬が駆ける加々美   薫
ため息とともに記憶を無くすらん母はしずかに昼を眠りぬ清 水 さき江
この夏は海苔に変わりぬ極上の桃のてあてができなかったと内 藤 勝 人
庭芝をこえて男の子のその声は風呂に歌っているらし「Gifts」久保寺 弘 子
若き日に吾(あ)が組立てし物置が解体されて運び出される丸 山 恒 雄
囀りの目覚めの中に今朝はまたツバメの雛の声の加わる渡 辺   健
ゴミステーションまでの近道朝つゆがサンダル履きの指を濡らしぬ岡   ゆり江
日に三度洗濯機回す生活に野良着の袖口綻びており横 内   進
バス停の時刻表の文字うすれいて白立葵に囲まれている角 野 成 子
雨音に浅葱刻みゆく音の混じりゆくなり八月夕べ斉 藤 さよ子
千疋屋に並ぶ仲間もいるだろうはね出しの桃ていねいに剥く秋 山 久美子
梅雨明けの空の太陽乗せているフロントガラスが次次過ぎる石 川 なほ子
またいつかいつかいつかの貯金箱果たされないのか果たさないのか田 丸 千 春
薄紅の大輪咲きの百合の花衝動買いせし夫のおつかい岡 田 喜代子

2019年9月号(VOL.37)NO.350 髙安 勇 選

足早に人の行き交うコンコース改札口は人を選ばず赤 岡 奈 苗
ふわふわと一羽のアヒル空を飛ぶ糸つかむ子の手から離れて佐 田 美佐子
高校は楽しい けどさ中学の窓からはいる風はよかった中 澤 晃 子
ひまわりの迷路に入りて見失うこの世に夫と呼べる一人前 田 絹 子
松脂にゆびを汚すや新芽摘む夫は脚立に体あずけて久保寺 弘 子
カーテンを閉じてジーパンはき替える隙間に見える若き店員保 坂 謹 也
肺癌の手術のことを聞きたいと二十年ぶり友の訪い来る丸 山 恒 雄
マスタードの辛味を添えるピクルスのこの涼しさに朝がはじまる浅 川   清
短冊に「算数がんばる」と児の願い昔も今も風にゆれおり横 内   進
食卓の大根卸しにホッとする暑気は背中にはりついている広 瀬 久 夫
降水量危険レベルの赤や黄に日本の形あらわとなれり依 田 郁 子
AIに関係なくで畑仕事桃も葡萄もこまやかな手で雨 宮 たつゑ
ぬげた靴ふりかえり見て少年は裸足で走るチャリティーランを田 丸 千 春
天井のクロス張り替え若職人飛び降りるときピアス光らす福 田 君 江
上枝吹くつゆの晴れ間の風の音ラジオを止めた部屋に入り来る小 林 あさこ
この世では遅れはじめし枕辺の時計の針を正すことあり斎 藤 皓 一
音のなき食べものとしてチーズ味カロリーメイトつゆぐもる朝大久保 輝 子
外階段上がる少女の足音に今日のテストを推しはかるなり藤 原 昭 夫
石段をとび上がらんと五度六度あきらめ鶺鴒羽を広げる長 坂 あさ子
はく息に薬の匂う夕つ方慣れてきたよな待つという事山 本 初 子

2019年8月号(VOL.37)NO.349 中沢玉恵 選

明日からは雨と予報をききし日のチョコレートすこしやわらかくなる小 林 あさこ
鉢植えの花にいっぱい水そそぐ虐待のニュースまた耳にして今 井 ひろ子
帰京せし子の脱ぎゆきしセーターの力は抜けて炬燵辺にあり斎 藤 皓 一
呑み終えし酒のパックを開くとき9点分のベルマークあり山 本 栄 子
シャンプーをミントの香りに買い替えて特別でない夏を待ちおり佐 藤 利枝子
六月の瀬音すずしき大滝村十割そばの暖簾をくぐる加々美   薫
東山越えくる朝の太陽にジベレリン液の紅の輝き坂 本 芳 子
加湿器のはき出す湯気にこの家の猫は利き手でパンチ繰り出す三 沢 秀 敏
始めるより簡単だった止める処理十三年をつづけしブログ内 藤 勝 人
ひたすらに葡萄花房ととのえるきな粉のような花粉浴びつつ砂 原 よし子

小粒なる青柿ぽつりまたぽつり間引かれるように落つる六月久保寺 弘 子
掌の中にやわくホタルをつつみいるこれの仕草は祈りに似たり仙洞田 紀 子
フロントガラスを強く打ちたる雹に挑むワイパーボクサーのよう甘 利 和 子
桑の葉のみどりが深く抱きおり子供用自転車捨てられていて内 田 文 恵
百メートル超えて大空を舞う凧のタコ糸なだらかに曲線えがく杉 山 修 二
山ガールの揃いのジャージが降りてゆき大月過ぎれば座席に声なし横 内   進
待ちわびた雨ははらはらやさしくて八年ぶりにオリーブが咲く秋 山 久美子
ページくる音のきこえる午後三時図書館は今日休館日なり田 丸 千 春
果樹園の中の宅地化広がりてトラブル続く消毒作業荻 野 真 啓
ぱたぱたとドミノ倒しのソーラーパネル並べられゆく裸の畑石 川 なほ子

2019年7月号(VOL.37)NO.348 中沢玉恵 選

日柄とは優しいことばそのあとに「治りますよ」とどのひともいう小 林 あさこ
わが廻りつかずはなれず天狗蝶春は何かと触れたくなって山 本 初 子
蜂たちのすでに影なき藤棚を花びらちらし風はすぎゆく 斎 藤 皓 一
沼津まで海鮮丼を食べに行く期日指定の誘いのありぬ米 山 和 明
マンションの庭に馬鈴薯の花咲かせ大詰めまでは多少のゆとり前 田 絹 子
体重の三分の一を許されてギプスの取れた右足を着く中 澤 晃 子
時折を大型トラック過ぐるとき書斎の網戸律儀に揺れる荻 原 忠 敬
春来れば日曜ごとの堰ざらい今朝は鋤簾にくさび打ちこむ古 屋 順 子
山の木々たんぽぽの綿毛わが心とりとめもなく春は膨らむ砂 原 よし子
産み終えし午後を平らかに眠りいる牛のピアスにすぐ五月風杉 田 礼 子
鉄瓶のまろやかな湯にゆっくりと茶葉の旨みが落ちてゆきたり保 坂 謹 也
裏山の夢見心地の竹の子に狼藉物のごとく鍬ふる望 月 迪 子
みずいろのくすくす笑いの波が立つネモフィラの丘に風わたるたび浅 川   清
「五キロがさ九千円だぞ」筍の競り値に惑う息子の電話内 田 文 恵
やわらかな蕗のうす皮むいているこむら返りの脚まだ痛し飯 島 今 子
柏餅供えて孫の初節句 霜がおります雹もふります田 村   悟
こでまりが発光している夕つ方私が並ぶ母の享年堀 内 和 美
各県の狐が並び評議する願い集まる豊川稲荷鈴 木 憲 仁
人身事故は家を失う例もある 医師の告知は夫に届かず西 村 鈴 子
平成から令和へ続く十連休 緋めだか卵を抱きてゆらめく 岡 田 喜代子

2019年6月号(VOL.37)NO.347 中沢玉恵 選

アベさんを信頼する奴しない奴夕餉の卓にグラスも三つ斎 藤 晧 一
この春のピカソ版画展にきておりぬピンク系リップちょっと濃いめに藤 原 伊沙緒
プランター庭隅に寄せ聞こえ来る子供神輿の先触れを待つ 山 本 栄 子
しばらくは潮騒のようにきこえしがエアコンの音と気づく醒めぎわ小 林 あさこ
たらちねの手押し車に紛れいる鶯神楽のうすき花びら清 水 さき江
菩提寺の役職終えて記念にとオンコの若木一本植える鈴 木   源
Sに始まる単語競いし十歳があるあるあるよSONTAKUがある佐 田 美佐子
屋敷神の御座す如きの樫の木に庭師のチェーンソー響きいるなり橘 田 行 子
お久しぶりテーブル囲む女子会の菜の花パスタに春を絡めて砂 原 よし子
尺八の音は妙なるに補聴器の共鳴きしみ脳がけばだつ内 藤 勝 人
選挙カーに年齢記載いや若くガンバレガンバレ桜満開日 向 このえ
母に似てその母に似て靴下の右の指先綻びにけり衫 田 礼 子
初啼きの「ホーホケキョケキヨ」窓をあけグレイヘアーにしようと決める秋 山 眞 澄
縮小を決めていたのに春となり夫はぶどうの棚を広げる岡   ゆり江
木々芽吹き花咲く季をこの家の生業イベントいよいよとなる内 田 文 惠
われの名前の一文字入る「令和」なり〈百歳人生〉楽しかりしか甘 利 和 子
期問限定「さくらコーヒー」香りたち新元号の発表をまつ福 田 君 江
一日中振りまわされる日本国令和れいわと言葉がおどる依 田 郁 子
いくつもの春を語るか桜木は今年十人の一年生に秋 山 久美子
桃の花天の国から見えますか私の仕事何点ですか 雨 宮 たつゑ

2019年5月号(VOL.37)NO.346 中沢玉恵 選

自分のことは自分でするとキッチンに二人で立てば身動きならず石 川 輝 子
昨夜の夢ぽつりと話す朝食を済ませたことを忘れる夫が長 坂 あさ子
呑み忘れの薬に気づく午後3時冬の苺がほろほろ甘い窪 田 喜久子
六十年を使いし竹の物差しの目盛の線の確かなりけり山 本 栄 子
今のほうが母さん感があっていい十歳(とお)ほど若い写真見ながら中 澤 晃 子
わが畑と隣り合わせしモロコシが今年は在らずカラスも来ない古 屋 順 子
二人分あればいいよと芽の多き種ジャガイモを夫と選びぬ赤 岡 奈 苗
揺れるたびふんばり直す大型犬春の軽トラ荷台の上に三 沢 秀 敏
雪降らぬ冬でありしよスタッドレスの軽トラックを貸すこともなく砂 原 よし子
月集Ⅱの中村道子(中村さん)の白べ夕に”ツメル”の朱が入る四月号ゲラ内 藤 勝 人
彩色の富士とさくらのあざやけき「富士山ナンバー」わが前を行く久保寺 弘 子
枯れ草のなかにあおあお雑草が顔を並べる湯上りのごと宮 内 春 枝
雲の上(え)に浮かびいたりし八ヶ岳夕べは我の庭にそびえる浅 川   清
木蓮の千の蕾はいっせいに如月の空に物申します佐 藤 幸 子
山なみがぼわっと煙り三月は花粉まみれの信号機たつ秋 山 眞 澄
もどかしくもホースつぎつぎ繋がれて消防隊は山に入りゆく岡   ゆり江
俯きて春の道行く少年の膝の後ろに濃き影の見ゆ堀 内 和 美
義母の部屋そのままにして七年が過ぎてしまえり東風吹きぬける西 村 鈴 子
雪を見ぬ今年の冬のしめくくり音たてながら夜の雨ふる秋 山 久美子
的確な返事求めた訳じゃない 俺に聞くなと一蹴されて雨 宮 たつゑ

2019年4月号(VOL.37)NO.345 中沢玉恵 選

マスクした人の混み合う病院の受付ロビーにマスクして入る小 林 あさこ
ベランダの物干し竿に年越さん幾多のものの沈黙ふかし斎 藤 皓 一
朝空があんなに青く高いのに足の一歩が動かない嗚呼小田切 ゆみゑ
「元気ですか」元気でもない私が声かけて通る午後の散歩に石 川 輝 子
桃源郷村の誇りを担いいる吾が一〇〇本の桃の木々たち荻 原 忠 敬
燻されて荒草春を知るらんか大井ヶ森区の野焼き始まる清 水 さき江
月あわき路地から路地へ練り歩く灯籠の焔が狐火に似る加々美   薫
如月の風のフィルターに掛けられて春の時間がゆっくり進む深 潭 靖 子
記録より記憶に残る稀勢の里 番付表をみやげにしよう仙洞田 紀 子
掛金の六割ほどが戻りきて生命保険の永きを解かる内 藤 勝 人
冬眠も‶りすのおやつ″も飽きたでしよ梅がきれいと暦がさそう日 向 このえ
マスターは歩いて帰る深夜二時本日ゲスト吾ひとりなり保 坂 謹 也
レジに置くわが短歌帳のフレーズを小学生の客が読みあぐ内 田 文 惠
夕ぐれの八ヶ岳峰は茜色裾野はすでに影となりゆく佐 藤 幸 子
半分は冗談だけどという時の全部が本気 氷柱が光る浅 川   清
杖友と言われたるかな雪道に庇い合いたる姿見られて長谷川 君 代
脳梗塞の麻痺した右手さしのべて握手もとめる義姉の手をとる堀 内 澄 子
新宿駅3番ホームの雑踏に父の靴音ひそみていたり西 村 鈴 子
うすくなりし髪七三にして帰る褒めずかわらず連れ合いがいる浅 利 尚 男
硝子戸に二月のひかり透き通り千本格子をうかびあがらす永 田 はるみ

2019年3月号(VOL.37)NO.344 中沢玉恵 選

わたくしの甲州弁をAI犬風邪の声にてそのまま返す浅 川 春 子
息子から受取る包丁のあたたかし研いでもらって新年迎う石 川 輝 子
寺本の角をまがれば三昧の音がああ先生が元気になられた窪 田 喜久子
名峰のあまた踏みこしこの脚がふらつきながらジーパンをはく藤 原 昭 夫
膝を病む吾に替わりて夫がなす家事に新たなルール増えゆく前 田 絹 子
きっちりと五時ともなればコップ酒娘の愚痴を今日は肴に佐 田 美佐子
両の手を広げたような八ヶ岳ハグされたくてこの坂をゆく中 澤 晃 子
たくらみの少しはありてくちびるに春限定のベリーレッドを佐 藤 利枝子
自転車の荷台に括られ年越しの大塚人参土付けしまま久保寺 弘 子
霜描く市松模様きわやかにソーラーパネルが屋上に並む内 藤 勝 人
町内の商工会の案内図今はなき店そこここにあり日 向 このえ
輪になりてみる豆餅の塩加減はふはふ白き息を吐きつつ笠 井 芳 美
すっぴんで師走の町にまぎれこむ今年のスルメ異常に高い角 野 成 子
だるそうに前の女性が運びゆく格安リゾート朝食ビュッフェ浅 川   清
女性だけの筋トレルームに出合いたる知人の中に元同僚も岡   ゆり江
夫婦して商いている姿よし妻は夫を威張(いばら)せていて内 田 文 惠
曾孫の五人は生きた証だと伯母の葬儀に上人が説く田 丸 干 春
初仕事に葡萄園にて剪定す珍客狸があいさつに来る雨 宮 たつゑ
里帰りの娘夕べを戻りゆく湯呑みの茶渋なべて落として石 川 なほ子
きのう買ってあるとは言えず持ちくれし叔父の白菜しきりにほめる梶 原 富 子

2019年2月号(VOL.37)NO.343 中沢玉恵 選

マスターがじてんしゃに乗りて開けに来る二軒となりの珈琲の店小 林 あさこ
岳樺の黄葉ぐわっとうねらせて千畳敷カールをドクターヘリが藤 原 伊沙緒
大樫の根元に幼はリスのよう実の落ちる音にまたも走りて長 坂 あさ子
天空のホテルに和服着こなして迎えてくれるフィリピンの人今 井 ひろ子
馬一頭の共済掛金二百円領収書あり祖父も百姓古 屋 順 子
角張らずくずし過ぎずに年賀状一枚毎に重みのありぬ室 伏 郷 子
山畑の桃の枝伐る寒き朝雪の秩父の峰近く見ゆ鈴 木   源
《ビタミン大根》おまけにくれるりんご園安曇野の里に冬の近づく清 水 さき江
「印籠が目に入らぬか」入ります答える夫と三時のお茶を仙洞田 紀 子
ほのかなる温みのこして野良猫がわら束寝座(ねぐら)しぶしぶ降りぬ望 月 迪 子
葡萄酒をひそかに絞りおいた瓶もはや時効とメダカの泳ぐ久保寺 弘 子
たまご焼き塩をたしては甘くするシオのあまさのしおっぱいが好き保 坂 謹 也
錆止めに睫毛染まりし日のはるか工場跡に朱の色残る角 野 成 子
均したる畑の土がくきやかに見せる狐の夜の通い路浅 川   清
「山月記」読み終えじっと目をとじる李徴の心根われの心根杉 山 修 二
「起きてすぐ化粧をするの」とも江さんの和装の遺影は九十六歳秋 山 眞 澄
恭子さん、一緒に皮を剥いたよね枯露柿作り今年はひとり石 川 なほ子
話せない、文字が書けない、歩けない子らであれども嘘はなかりき西 村 鈴 子
しろばんば飛ぶ夕まぐれ山茶花の紅きはなびら一つくずれる堀 内 澄 子
老人を押しのけるように座りたる白い杖もつ男も老いて浅 利 尚 男

2019年1月号(VOL.37)NO.342 中沢玉恵 選

信号が変わって一斉に三叉路に散らばってゆく白いソックス山 本 初 子
この日頃人とも会わず独り居は次第しだいに酸素が足りぬ小田切 ゆみゑ
髪の毛にすぐに手をやる今日の友そのウィッグ似合っているのに今 井 ひろ子
来る年の元号何となろうとも縄文土偶の腰ゆたかなり浅 川 春 子
幼らと落葉たきいる夕まぐれ藤の実はぜる音をたのしむ橘 田 行 子
畳まれしままの朝刊傍らに母は今でも九十六歳清 水 さき江
夜の更けの卓に置きたる虫めがね蛍光灯を小さく映す加々美   薫
まっすぐに生きてゆくのは難しいブラの左の肩紐ずれて中 澤 晃 子
星座とは星の絆かふゆ空にこの家のかたち如何にかあらん望 月 迪 子
あれやこれマグロのサクの品さだめ三浦岬の朝がかおりぬ砂 原 よし子
背を向けて湿布を貼ってもらうとき夫の下っ腹時どきあたる仙洞田 紀 子
ゆで栗を匙に椈いてふたりかなほろほろ雫しほろほろ老いる久保寺 弘 子
大写しの大谷選手の後ろ手に痛々しくも胼胝(たこ)四つ見ゆ飯 島 今 子
岳樺の林は白き珊瑚礁わがゴンドラは海中(わたなか)をゆく浅 川   清
秋となり川面に静もる朝霧が光の中に吸い込まれゆく斉 藤 さよ子
玄関に積る枯葉の今朝の量(かさ)寒暖の差は箒で測る横 内   進
紅葉みち 紅葉回廊 紅葉まつり どう名付けてもこれは終焉堀 内 和 美
水平にならぬ心の天秤に合う分銅がまだ見つからず田 丸 千 春
黄葉の透き間の空はモザイク状アキレス腱をのばし闊歩す岡 田 喜代子
四尾連湖に黄金に染まる桂の木同期九人をやさしく包む伊 藤 千永子

2018年12月号(VOL.36)NO.341 中沢玉恵 選

ハロウィンに無縁の僕の誕生日避難所用の寝袋を買う斎 藤 皓 一
防災無線が避難勧告つげているマニュアル通りの長閑な声に山 本 栄 子
思い切り整理をせねばアルバムの若き自分をしみじみと剥ぐ小田切 ゆみゑ
ロビーなる客の荷物の預かり所東南アジアの暮しがかおる今 井 ひろ子
小春日の畑に鶺鴒遊びいる笛吹なずなも長閑に揺れて荻 原 忠 敬
天秤の錘冷たくゆらしつつ蒟蒻玉を母と量りき清 水 さき江
「三十分トイレに座っておりました」ディ・サービスの連絡帳に古 屋 順 子
八本の骨に重たい雨受けて橋のたもとを左折してゆく深 澤 靖 子
その後の草取り枝切りお札肥 かなぐり捨てて温泉に行こう坂 本 芳 子
道の端に紐結ばれてスニーカー落ち葉と共に去りてゆきたり保 坂 謹 也
ぶどうにも柿にも種がなくなって映し出される無人コンビニ中 澤 晃 子
一向にたどり着けないお役所のホームページの『バスの乗り方』内 藤 勝 人
思うより太き幹あり私のひとりくらいは受けとめている勝 村 真寿美
夕焼けのうすくなりゆく西空を水平に切る鴉の群れが角 野 成 子
小諸にて藤村蕎麦をすすりおりりんごの天ぷら一片(ひとひら)浮きぬ佐 藤 幸 子
夕焼けの彩(いろ)を沈める海の面にさざ波立てて船は出て行く長谷川 君 代
野に山にお疲れさまと声かけて秋はやさしい色を差しゆく浅 川  清
語らえば何かがこぼれてしまいそう「悲愴」の余韻にひたりて歩む田 丸 千 春
大いなる南瓜が届きグーグルに知る〈おしくじり〉じっくりと炊く石 川 なほ子
ぐっしょりと濡れいる稲の束つかみ吾が手力は竿よりはずす永 田 はるみ

2018年11月号(VOL.36)NO.340 中沢玉恵 選

縁側より言葉なくそっと入りきて座布団に座る初秋の光山 本 初 子
返る言葉は期待をせずに話しいる遠い花火の音きこえきて長 坂 あさ子
仏壇から出ただけなのにお客さんが揃った様に座敷にぎわう石 川 輝 子
12号は逆走したらしいと13号眉をひそめて14号に言う斎 藤 皓 一
炎天に細身のスーツ着て立てり田んぼの中の案山子の男深 澤 靖 子
漬けしまま四年は経つか床下の眠り覚まさす飴色らっきょ室 伏 郷 子
放水の訓練終えし舗装路の小さき埋みに鶺鴒あそぶ清 水 さき江
若き日のむち打ち症を首だけが思い出すなり夏遠花火米 山 和 明
半端ない汗が溜ったマスク取り吸いこんでいるま夏のひかり砂 原 よし子
小半日ぶどう計りて仰ぎ見る目脂のような雲の散らばり 坂 本 芳 子
汗取りのタオルを首に巻きつけて置き薬やさんは三(み)月に一度古 屋 あけみ
残暑まだ 通所希望の姑と訪うゆうかり園は蟬声の中望 月 迪 子
山猫はたちまち湖面をつつみこむ我のバイクの身動きならず田 澤 きよ子
レタス一つを買いたる人のレシピ思う夏帽子よく似合う若者内 田 文 恵
八月の観望会は疎らなり望遠鏡が四股を踏んでる秋 山 眞 澄
この猛暑に子供祭は中止なり蟬が椚をふるわせて鳴く角 野 成 子
巾着にボンタンアメ入れ母の立つ竜王駅のモノクロ写真西 村 鈴 子
ぬばたまのブラックユーモア道徳を教科にします評価をします浅  川  清
「ためらわずクーラー使い凌ぎましょう」去年叫んだクールビズ消え鈴 木 憲 仁
朝より口つくことば「ああ暑い」熱い・厚いもありて始まる岡 田 喜代子

2018年10月号(VOL.36)NO.339 中沢玉恵 選

吾の血を吸いしやぶ蚊がまたふえる〈生産性ない〉にこだわるように長 坂 あさ子
駅前の書店なくなりスーパーに立ち読みをする『家族の認知症』大久保 輝 子
台風が台風がくると予報士が慣れてはいけない北空の雲山 本 初 子
冷房の効きたる部屋にひっそりと沈み込みいてこの世にひとり小田切 ゆみゑ
毎年を盆に合わせて実らせるモロコシ名人九十三歳古 屋 順 子
ワレモコウキキョウリンドウにぎにぎと野には咲かずも園芸店に三 沢 秀 敏
夕されば隣の風呂場の灯りつき三人男の子のはしゃぐ声する曽 根 寿 子
亡き祖父にゼリービーンズ供えつつ母は何やら話しかけおり中 山 恵 理
熱中症ふせげふせげと三重のエコーでせまる防災甲府内 藤 勝 人
凌霄花かさなり合いて散るところひと跨ぎしておはようをいう砂 原 よし子
竜電ががっちりととる右上手スー女が食べる和風のポトフ保 坂 謹 也
一ヶ月経りても手鞠ほどもなき庭の南瓜を問われつづける前 田 絹 子
何もかも乎伝いますよと言いたげに大き口あく夫の長靴角 野 成 子
老衰の猫の重みを呟いて友はスコップに身をもたせおり青 柳 順 子
逆走をするのは人間だけじゃない12号は西へと進む 岡   ゆり江
暑き日に熱きラーメン食らうべし店の前には赤きバラ咲く故・大久保 公 雄
クーラーの風に揺れいるブラインド楡の緑を開いて閉じる浅 川   清
もろきゅうで食べて食べてと成子さん朝採り三本手渡しされる堀 内 澄 子
窓ぎわの桜桃の木はさわさわと葉蔭作れり実をつけずとも伊 藤 于氷子
生い茂る草の中より里いもが芽をとんがらす負けるものかと永 田 はるみ

2018年9月号(VOL.36)NO.338 中沢玉恵 選

生き物のように時間が棲みつきて人なき家の障子を破る今 井 ひろ子
ブルーベリーの鍋に点火す三時までこころしずかにサッカーを待つ藤 原 昭 夫
そこにあるパソコンに手の届かざる体となりて一歩に励む小 島 正のり
法に依る死があり朝を淡たんと名を読みあげるアナウンサーは大久保 輝 子
広告の紙に毎朝箱を折る吾が大切なルーティンなり渡 辺 淑 子
熱心なハローワークの相談員短歌の会の事情聞かれる米 山 和 明
桃の実の一つひとつに袋かけここより始まる良品競走三 沢 秀 敏
もろこしもなすもきゅうりもいただきもの心豊かにすごしています曽 根 寿 子
鳴き声はテッペンカケタカたまさかにカケタノカって崩すから好き中 澤 晃 子
トマトひとつ風の押さえに生協の注文表が軒下にまつ望 月 迪 子
このように草引きの椅子を台にして弁当つかう柿の畑に望 月 嘉 代
夢半ばたたき起こされしベルギー戦また夢を見てまだ夢を見て前 田 絹 子
喧嘩など買わずにかわすを学びきし三十年を青果とともに内 田 文 恵
日めくりの今日は夏至なり朝々をたゆまず捲(めく)るわが妻のあり大久保 公 雄
町内に熊の出没伝わりぬニンニク味噌を作るこの朝 斉 藤 さよ子
朝作りにスピードスプレヤー二本噴くタイの少年ら救出さるる 広 瀬 久 夫
行楽に絶好の日とラジオ言う葡萄農家はジベ付け日和鈴 木 憲 仁
カラフルな薬八粒夫の卓「デザートですか」とわが独り言福 田 君 江
残ししは図鑑の余白の走り書き君偲ぶものの少なきひとつ 堀 内 和 美
庭に薔薇サラダに自家製ハムありて若き夫婦のカフェの賑わう浅 川   清

2018年8月号(VOL.36)NO.337 中沢玉恵 選

たたかれてただたたかれて今朝もまた木魚の音は畑に流れき斎 藤 皓 一
ひとり居は自由と気負うさりながら春の風はも春の風なり小田切 ゆみゑ
わが畑の地籍調査のあかい杭ポツンとのぞく雨のあしたに藤 原 伊沙緒
窓の辺の木香薔薇が匂い来てシャンプー台に無防備となる山 本 栄 子
山の上(え)の「未病のいやしの里の駅」声は元気と判定される室 伏 郷 子
スッピンで出かけた朝のスーパーに素っぴんの友と出合ってしまう深 澤 靖 子
六月の蕎麦街道に綿帽子の木(わたぼうし)ゆらゆら揺らし風吹き抜ける赤 岡 奈 苗
坊様の読経の中を百何年続きし家の魂昇る曽 根 寿 子
掘り上げし筍は産毛さかだてて山の小さき獣のごとし望 月 迪 子
完全に夏の雲じゃん十四のきみが言うから八朔をむく中 澤 晃 子
紀州より來し南高梅熟れてゆく香りたのしむ五日(いつか)あまりを仙洞田 紀 子
トランプ氏と金正恩氏の会談にわが家の主仕事をなさず久保寺 弘 子
番とも見ゆるまで著(しる)き影連れて子雀は草とる傍にあそぶ青 柳 順 子
削ぐような初夏の風にぞ吹かれいて青いもみじは枝をくねらす勝 村 真寿美
杖もなく散水しているやちよさん山日百歳コラムに語る佐 藤 幸 子
長男がもらいし記念の腕時計いまはこうして吾の腕にまく大久保 公 雄
コットンのスカーフするり潜りぬけ青葉の風は山へと帰る浅 川   清
寝不足の覚悟はすでにできている”ワールドカップロシア”開幕秋 山 久美子
愛犬とともに埋葬可能なり姉が契約せし樹木葬堀 内 和 美
隣家の夫婦げんかに参加する「はい、はい、はい」とぶどう園から田 村   悟

2018年7月号(VOL.36)NO.336 中沢玉恵 選

わずかなる桃の香りを放ちつつあしたの喉に沁むヨーグルト斎 藤 皓 一
言い合いは家族のぬくもりリビングに西日の射してひごひごひとり小田切 ゆみゑ
萌え出ずる木立の中の白ざくら築山(つくやま)にこそ自撮りの棒を浅 川 春 子
やきいもを遠回りして買う君の白いワーゲン路地へ入り行く窪 田 喜久子
献血の協力願う放送は桃の畑に届き来るなり赤 岡 奈 苗
金川のアカシアの花真っ盛りデラのジベ処理いま真っ盛り鈴 木  源
山羊の好きな甘草の芽がほきょほきょと古杣(ふるそま)川の岸辺に生える清 水 さき江
允分に雨の気配をふくませた夜風のゆらすカーテンのひだ佐 藤 利枝子
喉元のぼたんをはずし風を入るタイの結び目くずさぬように保 坂 謹 也
一息にアルカリ1(ワン)の水を飲むジベ処理済みし赤き手のまま久保寺 弘 子
ねだる声届かず親に見落とされ小さく育つ雛の一羽は 内 藤 のりみ
こんなにも急だったのかな五年ぶりの父祖の墓処につづく坂道内 藤 勝 人
笛吹の春の流れは気を吐いて白鷺を空に押し上げてゆく大久保 公 雄
こんなにも素直になれず悪びれずごめんも言わずカレーを煮込む内 田 文 恵
母の日は金鶏菊の黄の帯が土手両側にくっきりのびる 杉 山 修 二
エゴの花はわたしと同じ齢くらいポツリポツリと地に咲かすなり卜 部 慶 子
一枚の残るページにシール張りおくすり手帳に命をつなぐ岡 田 喜代子
真向かいにこでまりの咲くこの居間にあの日の義母は寂しかったろ堀 内 和 美
街なかに出会いし人のスカーフのレモンの色に春が来ている堀 内 澄 子
どのようになだめてみても跳ねる髪春の子鹿がわれを見つめる浅 川  清

2018年6月号(VOL.36)NO.335 中沢玉恵 選

玄関が狭くなってと譲り受くクリビアにけさ花芽がひとつ山 本 栄 子
気を長くおつきあいをと診察を終えたる医師に肩たたかれる今 井 ひろ子
数日を咳きこみながら心まで劣化していくことも知りたり大久保 輝 子
吾が庭を縄張りとして枝に鳴くお前の素性をボクは知らない斎 藤 皓 一
散り始む桜の下を通るときトラック僅かにスピード落とす佐 藤 利枝子
西表島の長寿ばあばは百六歳海風吸ってスクワットする佐 田 美佐子
宇宙人なりしか友はすっぽりと上の歯がない下の歯がない堀 内 久 子
古びたる野良着の綻びホッチキスに止めて残りの草を刈り取る荻 原 忠 敬
富士山が売り物のこの民宿に取り残された伝書バト小屋仙洞田 紀 子
草とりの達成感は今のうちつながる根っこをするりと抜いて中 澤 晃 子
つま先を投げ出すようなけるような歩きに変えて未来にすすむ内 藤 勝 人
階段は無料のジムと誰ぞ言う二階住まいも楽しからずや日 向 このえ
原寸室の棚に灰皿置かれいて夫の小さな秘密のごとし角 野 成 子
採血室に〈エーリーゼのために〉は流れいて右腕ばかり針を刺さるる勝 村 真寿美
退院は治った訳では無いのだよ桜舞いいるぬくき午後なり 杉 山 修 二
枝垂るるというは優しい川辺りの小枝しきりに水面を撫でる青 柳 順 子
老木も若木も何のてらいなく大法師山のひと色となる秋 山 久美子
物音の一つもしない病室に老女ばかりが三人眠る中 山 久美子
桃の花観にくる人は知りいるやこの花が実になるまでのこと田 村   悟
座禅草背(せな)の丸みはそれぞれに雪の重さを伝えるごとし田 丸 千 春

2018年5月号(VOL.36)NO.334 中沢玉恵 選

一つずつ手抜きをすれば限がない今朝まな板を使わなかった石 川 輝 子
正論をかざして隙間なき姉がいまぼろぼろとこぼし飯食む小田切 ゆみゑ
われの住む旧八田村本通りネパール食堂明日開店す浅 川 春 子
一人減り二人減りして三人の力に百キロの味噌が仕上がる沢 登 洋 子
わが村の芭蕉まつりの近づきて園児の太鼓森に響けよ橘 田 行 子
境内の杉の木立の木洩れ日に幼き吾の影を踏みゆく渡 辺 淑 子
すみずみに木の香の残る道の駅西山さんの花豆を買う佐 藤 利枝子
その朝のブーツの中のうすやみに足差し込めば柔く噛みつく深 澤 靖 子
しもばしら残した庭のでこぼこに黄色の花がいちはやく咲く中 澤 晃 子
それとなく防犯カメラが吾に向く校門ぎわの紅梅撮れば内 藤 勝 人
買い来たる漬物を出す香りよき母のぬか床も失せて久しく前 田 絹 子
雪の夜の工事現場に男等はひときわ大き声をはり上ぐ古 屋 あけみ
萌えいでし小松菜まびく長靴に赤土おもくからみつきたり角 野 成 子
五人囃子を恐がりて首をさしかえし子も三人の父となりたり内 田 文 恵
雨上がりの天に高々と鍬を上ぐホカホカ温む菜園の土 秋 山 眞 澄
たびら雪速度ゆるめてベランダにそっと置かれぬ形崩さず 長谷川 君 代
三月の畑の土を口に噛み今年の農の計画立てる横 内  進
願いごと今年こそはが一つ増え厄地蔵さんは春待つ祭り岡 田 喜代子
じゃんけんに負けて背負ったランドセル友だち二人脇で励ます依 田 郁 子
いにしえの火口の跡にどんぐりが落ちて次代を託されている 雨 宮 たつゑ

2018年4月号(VOL.36)NO.333 中沢玉恵 選

どんど焼終わらんとする灰の上に黒き目をしただるまが残る長 坂 あさ子
冬至よりひと月すぎた明るさにカリヨンが鳴るゆうやけこやけ小 林 あさこ
リヤカーで通った道も塞がって雪そのままに今日からの春石 川 輝 子
波の間の真黒な山瞬間に鯨となりて尾を振り上げる窪 田 喜久子
雪解けのトタンに落ちる滴音トーントトトトン ムーンリバーだ渡 辺 淑 子
雪かきをしない程度に降る雪は学生時代の恋に似ている 中 山 恵 理
くれないに二十日大根ふくらみぬ一坪ハウスの外は大雪古 屋 順 子
この道は我が家一軒日の丸が風受けている建国記念日曽 根 寿 子
来ないでのセリフを添えてプリントは夕べの卓にぱさり置かれる中 澤 晃 子
増富のにごり湯にのばす足先が触れあいそして始まる会話 望 月 迪 子
御坂嶺はあけぼの色に染められて国旗のごとく朝日がのぼる砂 原 よし子
竜電が十勝をした千秋楽子と飲むビール一本ふえる宮 内 春 枝
雪降れば背中の痛み消えるとう「中也」の詩あり雪中に立つ大久保 公 雄
わが町のふる里納税返礼品「幕地の清掃」ラジオに流るる秋 山 眞 澄
いくつもの傷にぬりゆくコロスキンこんな匂いの風船がある勝 村 真寿美
ぼやきいる客に負い目のあるごとく頭を下げる野菜の高値内 田 文 惠
一月のラグビーボールのような月学習塾の窓のぞきいる依 田 郁 子
若い友は黒戸尾根から甲斐駒へ登りましょうとかんたんに言う中 山 久美子
長女二女そして三女が現れてまるでロシアのマトリョーシカだ堀 内 澄 子
ボクサーのごとく闘うワイパーにこわばってゆく夫の横顔 福 田 君 江

2018年3月号(VOL.36)NO.332 中沢玉恵 選

今日煮よう明日にしようと黒豆のかわきし袋四日いすわる今 井 ひろ子
弥彦神社に土俵入り見し日のありぬ断髪式もなく日馬富士山 本 栄 子
朝まだきベッドの端に座りいて紙のオムツに尿を出しぬ小 島 正のり
早よ嫁をとれとて囲む団欒の温(あった)か鍋のやがてぐじゃぐじゃ斎 藤 皓 一
ドラム缶の薪燃え出しまずはまず元旦祭の区長の挨拶川 井 洋 二
百歳を越えし十人の共通語「あっというま」の答え楽しも堀 内 久 子
明日(あした)来る孫等のために気合入れ金時いもの裏ごしをする長谷部 静 子
ゼラニュームの緑の新芽かがやけり辞表出したる睦月のなかば米 山 和 明
小気味よく抜けゆくコルクふたありのXマスイブのグラスを並べ久保寺 弘 子
あめ色の縦皺深め百目柿どれみふぁそらし五百が並ぶ砂 原 よし子
しんねりと髪拭いつつ湯上りの娘(こ)は缶ビール立ち飲みをする加々美   薫
テーブルの正月飾りの小さくもダリ美容室に昭和がはずむ内 藤 のりみ
しゃきしゃきとニキロの柚子を刻みたり銀光りする菜切包丁秋 山 眞 澄
穀き去りにされし包丁しっとりと霜をかむりて畑中にあり田 澤 きよ子
閉店のスーパーやまとの駐車場に八ヶ岳颪の渦巻きあがる佐 藤 幸 子
広辞苑第七版に先ずはひく不可逆性とう歌の一語を青 柳 順 子
誓約は「まごころこめてこわします」総合解体株式会社 浅 川   清
テレビ台に写真の孫は笑いおりミサイル発射の画面を消しぬ福 田 君 江
十二人、六人となり三人に戻ってしまう正月三日田 村   悟
切り餅がふくらむように息こごり浮かんで消えるおはようの声 永 田 はるみ

2018年2月号(VOL.36)NO.331 中沢玉恵 選

里山がふっと吐き出す満月が峡の一郷ひとしく照らす渡 辺 淑 子
いくつもの御守り袋をさゆらせて手提げバッグはわれを追い抜く斎 藤 皓 一
縁石に乗り上げよなんて課題受け高齢講習ハンドルぬれる浅 川 春 子
この家より皆居なくなり古炬燵の脚つかまえてテレビ見ている小田切 ゆみゑ
ちんすこう雪塩味とて卓におく少女はこの春高校を終う藤 原 伊沙緒
一時間たてば授産園より子が帰るりんごの皮をむいておこうよ曽 根 寿 子
療法士に支えられつつ散歩する平等川まで今日は行きたし橘 田 行 子
ベランダのころ柿ひとつつまみ食い洗濯物を干す今朝のこと中 山 恵 理
空まわりして溜まりゆくエネルギー男の子の頬やおでこに湧いて 中 澤 晃 子
潰された、立たないなどと騒ぎいる男は柔き顔を持つらし前 田 絹 子
落葉語は知らないけれど散歩道はらりはらりと語りかけくる日 向 このえ
大根を一本拔いては空を見る老人のいる段々畑坂 本 芳 子
揺れいるは茅か芒か川べりの白穂のひかり冬が来ている廿 利 和 子
隈取に似て雪被く北の山亡父は吉右衛門が大好きだった青 柳 順 子
水たまりが大好きな君なが靴をバシャバシャさせて景色をこわす佐 藤 幸 子
いつになく濁る湖面に鴨が五羽こ波をえがき岸を離れゆく飯 島 今 子
修行僧の鼻緒の白に海からの光まぶしく稲村ヶ崎 福 田 君 江
帰りゆきし息子の部屋に三組のパジャマ清しく畳みてありき西 村 鈴 子
ヘッドライトの光芒のなか生真面目な横顔見せて鼬が過る浅 川  清
家ごとに軒に積まれし薪束ここ清里の一冬分の 永 田 はるみ

2018年1月号(VOL.36)NO.330 中沢玉恵 選

水底にしずかな時間置きしままいつしか姿を消したザリガニ斎 藤 皓 一
相槌を打たれることも打つこともなくて夜長の二人の時間今 井 ひろ子
夕餉には長の娘が来る「お帰りなさい」今日始めての声を出したり堀 内 竹 子
「一度とて棄権はない」とわれも言い台風の中選挙へ急ぐ小田切 ゆみゑ
まだ人のまばらな会場蔵出しの新酒が舌にピリリと辛い渡 辺 淑 子
取り敢えず新市長が選ばれて普通の街にもどる霜月川 井 洋 二
昨夜の雨あがりし今朝の陽の温し吾が腕ほどの大根あらう堀 内 久 子
亡き夫は左ききなり長葱をリズムをとりて刻みいたりき江 口 喜美子
安定剤一粒ふやしこの夜の犬を眠らす我より先に坂 本 芳 子
手の平で頭を覆いミサイルを防ぐ訓練トホホホ、ホホホ久保寺 弘 子
光りつつ盆地の底を秋となすポーカーフェースのぎんなんの実は内 藤 のりみ
ひと抱えのコスモス胸に渡されて一瞬そらが消えてしまった 砂 原 よし子
さわさわとセイタカアワダチソウゆれて少し猫背の母を隠せり勝 村 真寿美
十月の山日新聞短歌欄画数少なき吾が名を探す広 瀬 久 夫
年金の次の支給日たしかめる猫寝そべりて背をのばしおり大久保 公 雄
台風はのらーりくらーり模擬店の食材を手に我は黙せり内 田 文 惠
私をおばちゃんセンセイお姉さんおいと呼ぶ人もいるこの職場 中 山 久美子
白菜に厩肥敷き込む長男の馴れない鍬を黙し見守る浅 利 尚 男
なるかみの太鼓の音のとどろきて泣き相撲にや境内ゆする浅 川  清
あみだくじのような小路の吾の家の奥に実りの田圃ひろがる岡 田 喜代子

2017年12月号(Vol.35)NO.329 中沢玉恵 選

この年の福祉まつりにバザーなく食糧支援のレトルトカレー山 本 栄 子
屋根を越す木も倒されて更地なり今日より風の近道となる長 坂 あさ子
誰かきて外せしわれの腕時計、であるはずもなし枕辺にあり斎 藤 晧 一
ロボットなる野口英世と対話してこのたかぶりにしばしつかりぬ山 本 初 子
ワンテンポ遅れて灯るLED優等生も遅刻するんだ中 山 恵 理
「売地」なる札の抜かれて角の田にソーラーパネル秋日を弾く浅 川 春 子
街路樹の銀杏いろづくさあ今日はミレーに会わんなにを着ようか藤 原 昭 夫
もういいかい昔むかしのかくれんぼ大きあんずの木陰にかくれ田 中 治 江
電気柵の間に張られし蜘蛛の巣に丸まっている楓の黄の葉清 水 さき江
シベリアで損した分は生きねえと志郎享年九十二歳中 澤 晃 子
もう少しもう少しその口元に届かぬ銀色(ぎん)の匙を見つむる古 屋 順 子
葉の落ちて欅大樹か太股にあらわにのびる青き静脈 内 藤 勝 人
さみどりのカーテン揺れる日曜日大きくふくれ風包み込む保 坂 謹 也
胸椎装具きっちりとつける秋の夜はうつうつつまらぬ夢ばかりみる内 田 文 恵
人ならば九十六歳の愛犬が九十四歳のわが前をゆく清 水 則 雄
百歳の伯母の囗ぐせ「胃袋も皺だらけだよ」元気に笑う卜 部 慶 子
来月を約し別れし友なりき十日後葬儀の列に並べり 青 柳 順 子
囗癖は「学んだことは取られない」父の遺品に六法全書西 村 鈴 子
端っこが落ちつく吾の誕生会主役の席は「真ん中真ん中」佐 藤 幸 子
わいわいと競いて伸びし大根を一気に間引くわが無情の手秋 山 久美子

2017年11月号(Vol.35)NO.328 中沢玉恵 選

「ベルデ」は森の小さな雑貨店白い木綿の靴下を買う山 囗 明 美
ようやくに初花つけしヘブンリーブルーあなたの為という選択肢山 本 栄 子
点滴の一時間ほど夢をみるかも知れぬのでめがねそのまま石 川 輝 子
ぼくんちになぜエンガワがないのかとふたりで掛ける秋の縁側斎 藤 晧 一
上野久雄(せんせい)の「玉子は滋養」 独り居の夫の膳にもふたつを載せる佐 田 美佐子
咲き終えしきすげ刈らんと踏み入れば縄張りとばかり蜂襲いくる渡 辺 淑 子
耳寄せて夏の音符を拾ってる木洩れ日のした水琴窟に 深 澤 靖 子
笑いながら今夜はここに寝なよとて孫の匂と本に囲まる 長谷部 静 子
ウッドデッキの柵がスタート「さあ行くよ」流し素麺わがおもてなし中 澤 晃 子
蝉のとよみ盛りなるときわれを呼ぶ痒いところに手の届かぬと久保寺 弘 子
無花果の熟実に鳥の穿ちたる穴あり穴にも陽がさしており加々美   薫
先頭もしんがりももうわからない朝の草原トンボがめぐる宮 内 春 枝
黙々と大地にしみて雨粒は巨峰の房を漆黒にせり保 坂 謹 也
擬宝珠はボウリングのピンに似たる花ストライクの音思い出させる広 瀬 久 夫
老いてなお学べば枯れることなしと清水房雄の「残余小吟」 清 水 則 雄
在りし日の吾が職場跡コンビニとなりて初秋のお茶を購う望 月 壽 代
ライナーにとびつく縞のユニフォーム泥にかくれた背番号6 依 田 郁 子
手と足の先の先まで伸ばしきり夏の畳に大の字になる 岡 田 喜代子
遠くより稲刈りの音聞こえ来る山梨の秋午後の一刻横 内   進
物干しに子らのTシャツはためきいし一家は消えて雑草の波西 村 鈴 子

2017年10月号(Vol.35)NO.327 中沢玉恵 選

背の籠にあかき花房ゆさゆさと山坂道を墓所へ墓しょへと窪 田 喜久子
風に揺るるラベンダー畑にみつ蜂があまた遊べり母も遊ぶや山 囗 明 美
昇仙峡のバスに増えくる登山帽夏がぐんぐん通り過ぎてく山 本 初 子
ひとつだに思い出せない親孝行里の川面を花ねむおおう藤 原 伊沙緒
電線に横一列の小燕がわれの小用見おろしている 三 沢 秀 敏
吾が植えし櫟林に野狐が一声上げる霧のあしたを藤 原 昭 夫
混みあいし山手線に若者のショルダーバッグに小犬がすわる赤 岡 奈 苗
この度の長寿台風気になりて一宮水蜜落ちた夢みる鈴 木   源
隣の畑は日本放送一晩中山の獣に鳴らしつづくる坂 本 芳 子
体温を持たぬことばが選ばれて三者懇談おわりとなりぬ中 澤 晃 子
さあ今朝はなんと起こそう百五歳の日野原翁のことを話さん古 屋 順 子
わたくしとメダカ友なるおんな孫たまごか糞か電話かけくる清 水 さき江
はさみ手に封筒開けてゆく夜のテーブルに落つ一ミリほどが保 坂 謹 也
スマホより般若心経流れくる息子の演出鎮魂の歌長谷川 君 代
子育ての頃の張り合いよみがえり炎暑の庭に水撒きをする甘 利 和 子
おすそ分けの桃やぶどうをこの朝は会社の同僚におすそわけする杉 山 修 二
サクサクとルバーブきざむ包丁のリズムほがらに梅雨明けとなる佐 藤 幸 子
腹腔鏡の手術を終えて娘は眠る酸素マスクを少しくもらせ堀 内 澄 子
問一に「天壌無窮」と書かせたり敗れし年の中学入試浅 利 尚 男
父親の生年月日問うメール息子よ他に何か聞くべし福 田 君 江

2017年9月号(Vol.35)NO.326 中沢玉恵 選

あぜ草を刈りゆく鎌を逃れゆくすずめ立(たち)っ子草むら深し斎 藤 晧 一
宵祭りの花火の音を追うように降りはじめたる大粒の雨小 林 あさこ
いつしらに舗装されたるこの坂の物足りなさは疲れに変わる長 坂 あさ子
田植終え一段落よと雨のなか炊きたて「やこめ」ひょいと置きゆく藤 原 伊沙緒
えさ台をこぼれ落ちたる種ならんひまわりの花一つ咲き初む 小佐野 真喜子
猫の腹借りて指先あたためる梅雨ざむつづく夕暮れのこと三 沢 秀 敏
下校する生徒の数の少なくて三三五五というも淋しい曽 根 寿 子
LINEから届く画面は「ヤッホッホ」夏休みの歌ふたりでうたう川 井 洋 二
一つずつ熟れたる順に落ちてゆく桃梅(ゆすらうめ)はも盛夏に向かう丸 山 恒 雄
もう待てん驟雨のなかを小走りにゲラ刷り(ゲラ)はかかげる訳にはゆかぬ内 藤 勝 人
蛙の声とおくなる夜半少年はスマートフォンをいじりつづける加々美  薫
声の出ぬ猫と牛乳分け合いて夜明け始まる父の一日笠 井 芳 美
オペレーターの茶髪がひかりクレーンの先端ぐーんと空に伸びゆく保 坂 謹 也
愚直だと言われし人の散歩道予報どおりの雨に濡れおり 大久保 公 雄
朝のラジオは笛吹市からの便りなりはね桃を売る一個百円長谷川 君 代
ライターの火を噴く音が聞こえてる素直な耳に今朝はもどりて飯 島 今 子
水張田の中より声を掛けくれる幼き面影のこる青年角 野 成 子
六月の庭にザザザと吹く風が落葉松毬果の雨を降らせる浅 川  清
狐火のように野道を来る灯り 女子高生か会釈していく青 柳 順 子
自販機の無料の水の一杯に食後のクスリー包を飲む岡 田 喜代子

2017年8月号(Vol.35)NO.325 中沢玉恵 選

ママありがとうのシール剥がしてスーパーに自分で買ったお鮨のパック石 川 輝 子
青空はあっけらかんと晴れ渡るカンチューハイの封を切りたし小田切 ゆみゑ
起き抜けに自信きざせば真水にて顔洗いたり今年初めて竹 内  輝
寡黙なるまま倒されて焉(おわ)る樹の切り株の辺(へ)に塩ふたつまみ斎 藤 皓 一
手のひらに指で単語をなぞるらし始発電車の向かいの少女 渡 辺 淑 子
満月をかげらす雲のなき夜は川生の草に沈む蛍火堀 内 久 子
雪解けの山を下りくる夕(よい)の風ひと声あげて松の林へ浅 川 春 子
青空に抜け道ありや強風は巨峰の房を揺さぶり続く赤 岡 奈 苗
満腹を感じることがないと言う母の湯呑みにつもりゆく渋清 水 さき江
ミサイルが狙い定めたこの国のトップニュースは小さきパンダ中 澤 晃 子
祖母(おおはは)が吹き出しと呼びし雲かかり八ヶ岳より風走り出す望 月 迪 子
ひと堰をすべて引かねば水張(の)らぬこの田端まで百と五十歩古 屋 順 子
摘蕾の吾と脚立は一体なり登って下りて下りて登って望 月 壽 代
経木でも麦わらでもない材料で作られている帽子百円 清 水 則 雄
庭に咲く花のどれもがあやふやでネットに探す「アルストロメリア」飯 島 今 子
六月の日射しが跳ねて河原のみどりの草に陽炎が見ゆ保 坂 謹 也
紅うつぎぽっと咲きいる山の墓地逢いたい人は皆ここにいる堀 内 和 美
遠足の園児らバスを降りて来ぬ最後の一段皆ジャンプして青 柳 順 子
はつ夏の空と水田に揺れる空二つの空のあわいを歩く田 丸 千 春
無責任植木等もたまげてる今の日本はスーダラ節よ田 村  悟

2017年7月号(Vol.35) NO.324 中沢玉恵 選

牛池の舂の水面揺れやまず誰かが嘘をついております山 口 明 美

ははそはの残してくれし大角豆なり春の祭りの赤飯を炊く山 本 栄 子
片手鍋に何でも入れてサッと煮る丼ひとつわたしの夕餉 窪 田 喜久子
ビオフェルミン高いと妻が叫ぶなり音をさせずに三粒を飲む小 島 正のり
木葉木莵五月の朝の小さき声われを見舞いて鳴いているのか田 中 治 江
購いしヴァンフォーレ甲府のステッカー何処へ貼ったら勝つのだろうか米 山 和 明
椎茸の太き榾木の天地かえあさの林に懸巣がさわぐ藤 原 昭 夫
ねえ風がつめたくなったと言いたくてひとあしぶんの距離をつめおり佐 藤 利枝子
駆け抜けた青ランドセル向きをかう信号待ちの仲間をまって中 澤 晃 子
楽しみが一つ減ったと誰か言う老人会の帰りのバスに清 水 さき江
春深む夕べ陶器の触れ合えばシナプスというがほぐれゆくらし加々美  薫
ノルディックの杖を受け止む仏の座紫色は分別がある佐 藤 ゆ う
タンポポが道を狭めて咲いているコンビニまでをゆっくり歩く飯 島 今 子
いつの間に夕暮れの雨六月のどこかの隅に忘れて来たり 保 坂 謹 也
四十日過ぎてわたしのモロコシは刀のような葉を伸ばしいる小 林 ケサエ
道草も知らないだろう山間のスクールバスは定刻に来る  岡  ゆり江
炊き立てのご飯にまぶす手作りのおかか山椒ぴりりと五月浅 川  清
「ミサイルがとんでくるから中にいる」ゲームしながら男の子は言いぬ 堀 内 和 美
重ねおく植木の鉢は雨ざらし今日隣屋は売りに出される岡 田 喜代子
風そよぐ木立の中を抜けてゆく二両電車は温泉駅へ鈴 木 憲 仁

2017年6月号(Vol.35) N0.323 中沢玉恵 選

葉ざくらの樹下の地べた「かあさあん」と叫ぶにあらん急ぐ毛虫は斎 藤 皓 一

真っ直ぐに己と闘う稀勢の里われはレタスをちぎりつつ泣く小田切 ゆみゑ
ふじりんごにキウィを入れて口を閉ず彼の国またもミサイル発射 藤 原 伊沙緒

花の下に大岡信はもういない多くの言葉を持ちゆきしまま長 坂 あさ子
早口に桜をほめる母のいて相槌さえも追い越してゆく佐 藤 利枝子
里駒村に一一〇人の同級生産めよ増やせよの時代のありて鈴 木  源
シャッターの降りた店からこの朝は日の丸一本突き出されいる川 井 洋 二
バルボッサに良く似た男がダンボール回収に来て煙草の匂いす米 山 和 明
朝の日にプリズムのごときらめきてぶどう樹液のつららが下がる砂 原 よし子
草も木も一途なる季吹く風に若き日のごと身をたわませて加々美  薫
南さんの開花予想は春がすみことしなごりの雪ふかくして古 屋 順 子
風密度太陽光線ばんぜんとわが家ことしもつばめのお宿内 藤 のりみ
冬枯れのままのススキが光ってる鴨の泳ぎが合間にみえて飯 島 今 子
根元のみ鶇の残したほうれん草春の日差しにすっくりと立つ 望 月 壽 代
五十年を勤めし夫はこの朝をわれに手を振り出かけてゆきぬ秋 山 眞 澄
五センチのズボンの綻び繕いぬ初めて持ちし針というもの清 水 則 雄
じぐざぐに息をととのえ登る坂空に近づくちちははの墓所岡 田 喜代子
月光を掬うがごとく差しのべる両の手という脆い器を  樋  耕 一
着なかった子の制服のスカートのチェックのひだにアイロン当てる西 村 鈴 子
小名浜の海岸通り走る日がまた来るなんて〈復興マラソン〉中 山 久美子

2017年5月号(Vol.35 No.322) 中沢玉恵 選

運転は今日限りです誰もいぬ真っすぐな道とばしてみたい長 坂 あさ子
点火せし野火は走りて川原の雪解け水も走り出したり山 囗 明 美
「鬼は外」は言わぬ慣いの節分会尼寺の夜を明るめて更く山 本 栄 子
自販機は寒のもどりの雨に濡れわれにと落とすホット一本斎 藤 皓 一
日常につづく階段のぼりおり折りたたまれた半券を手に佐 藤 利枝子
殿原の向こうの山の薄けむり流れてわれのくしゃみ止まらず堀 内 久 子
置きざりにされたと思う真夜深くただひたすらにレース編みする渡 辺 淑 子
割り算の余りのようにはこべ咲き三月の庭綻び初める深 澤 靖 子
雪かきは砦づくりと相成って少年はどの乱世にいる中 澤 晃 子
今日からは嫁と二人で畑に出るまず軽トラのマニュアル教え坂 本 芳 子
中締めの後は盆ござ男らは小さく集いコップを上げる清 水 さき江
稀勢の里の初陣見んといっときを離れていれば吹きこぼれたり久保寺 弘 子
きっかけは誰かの咳でこの昼の市民ホールの空気がなごむ田 澤 きよ子
去年の春は蕗の薹入りコロッケを美味いうまいと食みし母はも 秋 山 眞 澄
この腕にリストバンドは巻かれおりユニフォームのごとパジャマ配らる長谷川 君 代
アイドリングのエンジン音が変わりたりラッパ水仙もうすぐ咲く甘 利 和 子
豆ランプ灯すが程にたんぽぽの一つ咲きおり真冬の野道青 柳 順 子
療養の友は南の地へ去りぬ8から始まる郵便番号 浅 川   清
陽炎に大小のかげ躍りつつしりとりの声角に消えたり福 田 君 江
座りたい椅子と座れる椅子がある座れる椅子でゆっくり生きる笠 井 文 次

2017年4月号(Vol.35 No.321) 中沢玉恵 選

白樺の細き木の根につまずきてヤマネの眠る森をさわがす藤 原 伊沙緒
胃ろうより解かれし叔母が眼をつむり白いむすびをゆっくりと食む山 囗 明 美
遅くまで起きてて電話したのにさ早口英語の留守電だった石 川 輝 子
その事にふれずふっくら黒豆を好物と言うその手にのせる山 本 初 子
前を行く人の手提げに山梨のワイン五本が陽に透けて見ゆ赤 岡 奈 苗
間の岳農鳥岳は雪まみれ果樹の村里見守りながら浅 川 春 子
朝より風すさびいる川沿いに両手大きく振りて友ゆく堀 内 久 子
朗読会このフレーズがさわりだと思ったとたん裏声となる川 井 洋 二
正月は許しましょうか女酒ふたりの孫のいい飲みっぷり古 屋 順 子
家ぬちに豆撒く声は弱くして鬼はそとそとそのうち慣れる砂 原 よし子
日米は何を語っているのでしょうトランプタワーの金色の壁内 藤 のりみ
鹿除けの垣の高さは原さんの鹿を憎めぬ迷いの高さ望 月 迪 子
寒波つづくわが店内の冷えしるく昨日の小松菜元気なみどり内 田 文 惠
埋め置きし牛蒡をさぐるスコップの刃を撥ねかえすこの朝の土 岡   ゆり江
がんがんと雪降り続くニュース消しチリのワインのふかき赤飲む保 坂 謹 也
軋みゆく私の中にもれる声見かけた背中を追いかけずいた勝 村 真寿美
あっミレー富士山を背に種を蒔く小柄な農夫にシャッターをきる田 丸 千 春
いつもより出口が遠いトンネルはUターン禁止進むしかない 堀 内 和 美
九十年大黒柱の欅なり上がり框にいまよみがえる浅 利 尚 男
時経てもまだ言い足りぬありがとうあの日と同じ風すさびおり秋 山 久美子

2017年3月号(Vol.35 No.320) 中沢玉恵 選

ホールまでの鈴かけの道まだ音とならぬ落葉を踏みながら行く山 口 明 美
俺なんか毎日独居老人だボランティアから戻れば夫が山 本 栄 子
はがしゆくキャベツに淡き色をして二つの虫が向きあいている今 井 ひろ子
柚の照る木下に竿をふりまわす少し若やぐ秋の夫は藤 原 伊沙緒
ひとつ傘に肩を濡らして歩きたるあの日と違う道を行くなり深 澤 靖 子
十二時の花火の音にめざめたり妙見山の冬至のまつり橘 田 行 子
カウンターの隅のバナナは知っているわれのひそかなキッチンドリンク中 山 恵 理
つややかな柿の実一つ山道に落として猿は逃げてゆきたり 石 原 久 子
朗々のわが少年はアスリートまずはからまつ林を抜けて中 澤 晃 子
この年の仕事仕舞に軽トラック二台を洗う夫に代りて坂 本 芳 子
樹にあれば交流できぬ木の葉たち紅黄茶色が落ちて交わる丸 山 恒 雄
アッツアッツと一人まるめる鏡餅年々小さくなってしまうが古 屋 順 子
どんど焼の火の粉を追いぬその先に北極星がくっきりと見ゆ岡   ゆり江
繰りかえし不安を不安がっている土鍋のふたがコトコトと鳴る新 藤 真 美
酉年は「私ファースト」すすめゆく終活計画練りはじめよう丸 茂 佐貴子
落ち込んで落ち込んでまた這い上がるじゃが芋の芽は出揃っている斉 藤 さよ子
早口に介護の日々を語る人じっと聞きいる雨の露天湯堀 内 和 美
リハビリに「できません」とは禁句なり汗がしたたり病衣をぬらす 西 村 鈴 子
駅伝の襷渡して倒れこむランナーのような国の公債浅 利 尚 男
山梨から六つの県を素通りしナビの教える母の病院中 山 久美子

2017年2月号(Vol.35 No.319) 中沢玉恵 選

お互いに視線をそらすこと多し子にゆかれたる友人ありて長 坂 あさ子
〈したことのすべてをオレは知ってるぜ〉蠅取グモは壁に動かず斎 藤 皓 一
この頃のこの淋しさは何だろう夫の下着もLからMに石 川 輝 子
さざんかの切り揃えられた庭奥に八方棘もつ柊が咲く窪 田 喜久子
ベランダに干す柿の実を眠らせぬ十六夜の空こんなに青く浅 川 春 子
団欒にペットのごとく割り込みぬリビング用に買いしパソコン中 山 恵 理
憂きことを断ち切るかのごと鳴沢菜漬け込む腕に力のこもる渡 辺 淑 子
膝痛は右に左に移動して十一月の雪は降るらし 赤 岡 奈 苗
冬の日に種とがらせてメナモミはにんげんの方へ傾きたがる清 水 さき江
縁が欠けその上文字も消えかかる我の一世の銀行印は内 藤 勝 人
十二月とまどうことの二つほどごみ出し〝プラ”と洗濯表示日 向 このえ
もめ亊の非のある方へ肩人れをしたし夕べは冷えた茶をのむ前 田 絹 子
北風が甲府盆地を吹き抜けてリニアのような一年が過ぐ保 坂 謹 也
六文銭の兜の前に立てという初めて妻がシヤッターを押す広 瀬 久 夫
病経し身となりたれば惑いいるまだまだ先の免許更新内 田 文 惠
飛騨の地の救急病院にはこばれて何のおもいかこみあげてくる大久保 公 雄
他人めく顔に吾が街しずもれり友を葬りて帰り来し夜を青 柳 順 子
リタイヤののちを楽しみ買いおきし本はいずれも小さき字なり 佐 藤 幸 子
白波が寄せては返す塩屋埼私の上を津波が越えた鈴 木 憲 仁
老人はかたえに歩行器置きながら銀杏落ち葉をはき寄せている永 田 はるみ

2017年1月号(Vol.35 No.318) 中沢玉恵 選

杉山を鳴らす風聴く境界を教えぬままに夫は逝きたり堀 内 竹 子
歯切れよく認知症だと告げる友病とうまくつきあうらしも今 井 ひろ子
涅槃へと導く太鼓の音ですと僧が打ちつぐロックのリズム山 口 明 美
幾百の家族の日々を見守りてマンション脇のけやきの紅葉内 田 小百合
二百余の吾が集落に嫁のくることし一番の明るきニュース  鈴 木   源
あの空へ飛び立ったっていいんだよオバマさんの折った折鶴深 澤 靖 子
わたしにもやれば出来ると高尾山の一〇八段を上り下りする江 口 喜美子
細すぎて干切れそうなる三日月を工事現場のクレーンが支う 三 沢 秀 敏
軽トラック帰れば庭に尾を振りぬ夫が降りてきた日のように 坂 本 芳 子
最新版ガイドブックに原発の文字ひとつなく敦賀駅過ぐ清 水 さき江
じんるりと薪ストーブを焚いている秘めた氷はとかさぬように中 澤 晃 子
ヴァンフォーレの青き旗立つあたりより小走りになる散歩のリズム 渡 辺   健
雨粒は街の静けさ奪いつつしだいに強く地面を跳ねる 保 坂 謹 也
思いだしているかのように落ちてくる桃の葉それぞれ色を違えて 小 林 ケサエ
防災のザックの乾パン期限切れ夫の癌の癒えて五年目田 澤 きよ子
退院の庭先に咲く山茶花の控えめの白秋は進んで内 田 文 惠
くすの木の木漏れ日すこし揺れていてわたしの夢をくすぐっている堀 内 澄 子
立札の文字褪せぬまま風のなか飯舘牛はどこにもいない 田 丸 干 眷
新築の主なき家庭先に被災五年目の水仙の咲く伊 達 旅 人
峠道歩みし犬の白き背に落葉松の針いくつも刺さる鈴 木 憲 仁

2016年12月号(vol.34 NO.317) 中沢玉恵 選

従順については来ても時々にひっくり返るこの掃除機は斎 藤 皓 一
沿道の八十万の群衆が万歳のごとスマホ掲げる小 林 あさこ
庭の草ぎゅうぎゅう詰めの四つ五つ袋のこして子は帰りゆく大久保 輝 子
丸の内の昼を信号待ちておりコンビニ袋次第にふえて今 井 ひろ子
力ラコ口と泣いているのにつかめない ラムネの瓶の中のビー玉   中 山 恵 理
山際の茜しばらくひきとめて背伸びしておりオフィスにひとり佐 藤 利枝子
青くって吸い込まれそうな秋の空明日は嫁が来てくれるはず田 中 治 江
軽トラが夕日に染まり田の畔にもう帰ろうとわれを呼んでる 曽 根 寿 子
この年のささぎは黒く実とならず種損手間損雨ばっかりで 古 屋 順 子
スーパーのトイレの中の荷物掛きっと毋には手が届くまい清 水 さき江
芝を刈る金属音にうろたえてわが膝にくる精霊蝗虫久保寺 弘 子
自転車で県庁までは行けるかな金木犀の結界ベール 内 藤 勝 人
靴ひもを少し緩めてスタートす晩秋の蝶が飛びてゆきたり 保 坂 謹 也
どこからか湿布のにおいただよいて今井恵子氏の確かな歌評 中 澤 晃 子
鹿の絵の十円切手の母の文エンディングノートにはさみて置きぬ平 本 已奈子
大き風われに残して走り去る白き保冷車東北ナンバー宮 内 春 枝
仄暗き無言館内聞えくる今を生きいる人の足音田 丸 千 春
食卓に皿盛りの梨好物が秋を運んで目の前に来た 笠 井 文 次
キッチンに夫が籠りて二十分庭の無花果ジュースとなりぬ西 村 鈴 子
黄金田は蜘蛛や飛蝗の棲み家なり立ち退きせまるコンバインの音杉 山 修 二

2016年11月号(vol.34 NO.316) 中沢玉恵 選

ひそかなるエールをおくるわがままな孫言いつのる「こわい先生」前 田 絹 子
隣り会うデイサービスの部屋からは体操指導の声だけ聞こゆ中 村 道 子
リオの風まあろく頬にふふみしか最終ランナーケンブリッジは藤 原 伊沙緒
自販機の入れ替え終えし青年の腰にゆれてる赤いお守り 山 本 初 子
閃光が一瞬にして引き寄せる喝采のような大粒の雨    山 口 明 美
みどり濃く棚に吊さる島ゴーヤ蝉が止まりてかすかに揺れる三 沢 秀 敏
心まで四角になってしまうから丸い型のスマホが欲しい 飯 島 公 子
古里の白雲橋のあさ六時ときめきながら新竿伸ばす 藤 原 昭 夫
目に入る汗を拭きつつ菜園に相撲取るよう草と戦う 沢 登 洋 子
ワイン用の葡萄切りゆく傍らに小さき椅子を相方として 砂 原 よし子
オホーツクの冷凍タラバガニ解けてクリオネの浮く潮の匂い来荻 原 忠 敬
雨上がりの隣のラベンダー畑よりありったけなる香りが届く 中 西 静 子
控えめな脇侍のような山茶花と夫の退く日の風が重なる 杉 田 礼 子
仏壇の奥のひらたき封筒に亡父の戦争体験記あり 岡   ゆり江
「ゴホンゴホン」と夫の咳をすぐ覚え家族となりぬインコの(ペコは)田 澤 きよ子
供えると言うより飾るが似合う花君が好みしコスモス一輪長谷川 君 代
「女座敷表」と上書きありて婚礼の席順を知る明治時代の田 丸 千 春
胸までの畑の草を掴み取り泥の軍手に汗拭いたり 横 内   進
蕎麦の実が三角と知りおどろきて研修生らの刈り取りたのし小 林 ケサエ
飼い猫に「アポロ」「銀河」と名付けたる次男夫婦の夢を想えり福 田 君 江

2016年10月号(vol.34 NO.315) 中沢玉恵 選

一枚のブラウス選ぶ我がことのあまりに小さし八月六日石 川 輝 子
戦死することを「散る」と言いし日々兄の散りにし八月の来る小田切 ゆみゑ
雨の日のいつもの眼科ロビーにはだれも乗らない木馬がふたつ小 林 あさこ
こんにちは、声をかけ合う木道に尾瀬七月の風すれちがう山 本 栄 子
忙しく三日とらずにいた茄子はやや大きめのお盆の馬に鈴 木  源
とりたてて言うほどにない一日の流れの中の赤いガーベラ飯 島 公 子
太陽という名の李この一つ椀げば今年の作業が終る沢 登 洋 子
五十歳の知恵うすき子の広き背を八十歳の夫が流す曽 根 寿 子
つまれたる書道半紙は茶の菓子の包み紙にとわたしがつかう古 屋 順 子
雄大な北アルプスを天守閣の目線にのぞむ今日は「山の日」日 向 このえ
噴水のみずのドレスがかがよいてポケモンGOがそこに來ている内 藤 のりみ
せいせいと素足踏みゆく板の間の百年のつやはりつくごとし望 月 迪 子
また別の風が北から吹いてきて画鋲は夏を落としてしまう杉 田 礼 子
そのつもりだったのだろう意思のある南瓜の花に聞いてみたくて佐 藤 ゆ う
ルーティンの散歩に寝坊する犬ら錦織圭はああ銅メダル笠 井 芳 美
ぽたぽたと無知な小粒の青柿を拾い集める八月の朝斉 藤 さよ子
砂浜にひ孫の作る夢の城波がざふっとみなさらいゆく三 枝 幸 子
肺の影の経過観察十五年寛解となり空を見上げる佐 藤 幸 子
朝露を踏んで稲田へ急ぎ足青い穂を抜き穫れ高を読む横 内  進
この海が浚いてゆきしもの数多それでもここで生きると店主田 丸 千 春

2016年9月号(vol.34 NO.314) 中沢玉恵 選

コンテナの重さに軋む股関節猛暑にやっと慣れてきたのに砂 原 よし子
大根の輪切りのような白い月シンプルライフ目標にせよ山 囗 明 美
首振りを止めてしまった扇風機卯の花いため匂いはじめる中 村 道 子
このようにしんどかりしか朝明けの寝起きに遠き母を重ねる依 田 邦 惠
切傷に火傷に効くらしヘビイチゴ梅雨の湖岸に赤く灯れり藤 原 伊沙緒
郭公の遠鳴き聞こゆ年々に膨らみてゆくわが天邪鬼浅 川 舂 子
急がねばならぬことなきわが暮らし青の点滅赤やがて青室 伏 郷 子
兄夫婦に飼われ始めしミニ柴の写真二枚がスマホに届く米 山 和 明
家庭葬のホールオープン見学しワインとティッシュ、じゃが芋もらう飯 島 公 子
本棚は他人の歌集で溢れいる 入道雲が高さをきそう内 藤 勝 人
オスプレーの動きのようなみずすまし水辺の平和奏でていたり内 藤 のりみ
高齢の男女集えるスーパーの無料イベント老いた歌手来る前 田 絹 子
認知症をうたがわれたる言の葉の打ち消せぬまま木橋を渡る宮 内 春 枝
支援金は八千円で一致してシルバー会の例会終える平 本 巳奈子
露天風呂で本を読んでるばあさんは私であるらし声かけらるる佐 藤 ゆ う
次つぎに桃の袋をはぎゆけば舞い上がる毛が銀色に光る岡   ゆり江
イギリスの事情はさておきレコードに針を落して聴くイェスタディ甘 利 和 子
食足りて戦争無くて揚げ茄子の色をたのしむこの夕まぐれ青 柳 順 子
畦道に見知らぬ若き顔もあり田植はじまる日曜の朝角 野 成 子
夕餉には地産地消の海の幸目が楽しんでいる山国育ち杉 山 修 二

2016年8月号(vol.34 NO.313) 中沢玉恵 選

ぐっさりと手がんなの刃を引く時に地下茎という繋がりを断つ堀 内 和 美
千年のむかしにもありし引きこもり紫式部も五箇月ほどを小 林 あさこ
「すみません」今日幾度の言葉なり年をとるとはこういうことで中 村 道 子
引き出しの奥はさびしい国鉄の切符二枚がしまわれていて 長 坂 あさ子
父母はシナ・クナと忌みていたりけりされど四日に籾種を播く山 本 栄 子
五十キロの制限速度の県道を五十キロ走行のあとをつき行く川 井 洋 二
コンビニのおにぎり上手く開かない 大統領が折った折鶴深 澤 靖 子
手のうちにほど良きおもさ残しおり炭酸水の青きあきび佐 藤 利枝子
アカシアの花のさかりがめやすなりデラウエアーのジベ処理をなす鈴 木  源
明日からテストだという少年の背に跳ねている〈なんくるないさ〉古 屋 順 子
手押し車おしゆく母に歩を合わすニセアカシアの匂う川べり清 水 さき江
盛り上がりまた盛り上がる湧水は地球の鼓動 畏れつつ覗く望 月 迪 子
空高く曳航され來しグライダー鳳と化し何処をめざす内 藤 勝 人
水張田に風波生るるつかの間を散歩の汗がさーっとひきぬ飯 島  今子
いくつもの病気と小さなリュック背負い小田切さんが歌会にくる中 澤 晃 子
河川敷にニセアカシアが匂いくるあの子狐はおおきくなったか佐 藤 ゆ う
わが膝の人工関節たのもしく東北四大まつりへ行かん古 屋 あけみ
部活する生徒のいない運動場日曜午後は風遊ぶ庭依 田 郁 子
懐古園の花の下なるオカリナの「さくらさくら」の胸にしみいる佐 藤 幸 子
葉のかげに青実びっしりつけている姉さんかむりの動く梅畑大久保 公 雄

2016年7月号(vol.34 NO.312) 中沢玉恵 選

いっせいに高校生が礼を言う目立たぬように入れた硬貨に今 井 ひろ子
百日草もレタスも育つと宇宙船われは地球に春の種蒔く山 囗 明 美
やわらかな山椒の芽を摘みたるは一日増えしわれが休日内 田 小百合
一人より二人はすてき手際良く柘植の生垣刈り込み終わる 窪 田 喜久子
温といのを四つ冷たいのを三つ浅利さんの声いとぬくとくて浅 川 舂 子
同窓会より酔いて帰りし夫の手が記念のガーベラしっかりにぎる曽 根 寿 子
朝の陽が障子に差してゆらゆらとゴールドツリーの影絵をつくる赤 岡 奈 苗
三世代うから集える子供の日バット振る子が主役となりぬ橘 田 行 子
一枝にふた房のこし摘みおとす幼きぶどうに優劣つけて久保寺 弘 子
思いどおり苗育ちたる四月尽保温シートをゆっくりはずす古 屋 順 子
捨て置かる畑といえど踏み入れず今が採りごろ蕨山ぶき望 月 迪 子
ペンライト揺らす市民の言祝に大村博士のめがねがくもる内 藤 のりみ
朝々に「久しぶりだね」と待つ人の食事つくりて五年となりぬ平 本 巳奈子
「長時間座れる椅子に変えました」パチンコオーシャンの色めくチラシ中 澤 晃 子
震災地からこの日入荷の紅甘夏くまもんの紙入りて香れる内 田 文 恵
玄関に名刺を添えて置いてあるだるまのような筍二本秋 山 眞 澄
できぬのを寒さのせいとしていたり四月の風が背を押してくる甘 利 和 子
分譲地の真ん中あたりに作られしぶらんこふたつ揺らす風あり角 野 成 子
息子さん定年となりわが町の自転車屋さん復活したり伊 藤 于永子
魚屋さんズンドコ節を響かせて青葉の下を団地へ向かう横 内  進

2016年6月号(vol.34 NO.311) 中沢玉恵 選

スマホに変える、電力自由化、答えずに腰へ湿布を手さぐりで貼る小田切 ゆみゑ
少しずつ描き足すようにさみどりの葉を増やしゆく公孫樹の並木内 田 小百合
サバンナの木漏れ日のようのっぽりと麒麟三つが朝のしじまに藤 原 伊沙緒
検索のレシピの大さじ倍にして春のキャベツを芯まで刻む 依 田 邦 惠
下校の子黄色い旗を振りながら雉の鳴き声まねして過ぎる三 沢 秀 敏
閉ざされた校門前に手をつなぐ子供二人の横断標識川 井 洋 二
濁川をオアシスとしてこの昼を鴨とカメとが並びいねむる米 山 和 明
全身が急速冷凍されていく同病の友今朝逝きたりて志 村 栄 子
春の畑へきょうふみ出だす第一歩土の凹凸足裏にやさし久保寺 弘 子
申告の数字もつれる夜の間を雨ひそひそと身を浸しくる望 月 迪 子
花便り花粉だよりとこの頃を出番のふえたローションティッシュ日 向 このえ
神之原に近づいてくる御柱木遣りの声が風に聞こえる(茅野市玉川)清 水 さき江
切るところ縫うところ自き印あり六年生のエプロンの生地中 澤 晃 子
圧雪の歩道に二本のカート跡残して息子帰りゆきたり長谷川 君 代
あの事はもう勘弁してもらいたいまた曖昧な夢から覚める山 下 愛 子
大丈夫君はいい子と言い聞かす犬の瞳に映るわれにも笠 井 芳 美
米を研ぐ朝の水の心地よし有線放送開花をつげる角 野 成 子
スカートの裾の高さに桜草 卒園式の入場進む浅 川  清
種いもの芽を探しつつ切り分ける母亡き後のはじめての春永 田 はるみ
友がみなLINEというを楽しめばスマートフォンに私も迷う佐 藤 幸 子

2016年5月号(vol.34 NO.310) 中沢玉恵 選

ゆるやかな上昇感に抱かれて今年最後の雪をみあげる佐 藤 利枝子
申告の順番を待つ 体温ののこれる椅子を移りながらに中 村 道 子
〈ジュピター〉に着信音を変えし朝わたしは何を待つというのか山 本 栄 子
この辻の大き桜樹なくなりて風邪ひきそうな空がひろがる内 田 小百合
ひよどりが蜜によりくる蝋梅は今日もむかしも亡き母の花依 田 邦 惠
休耕の田を真四角にほとけのざ今年も花を色濃く咲かす浅 川 春 子
五アールのキウイ作りし日のありき夢は真白き花を抱える田 中 治 江
ハーメルンの笛吹き人はどこへゆく海辺の町に粉雪のまう瀬 尾 典 子
やま盛りの菜の花パスタ絡めつつ半年分の身の上を聞く砂 原 よし子
水替えの網にすくわれ時の間を金魚は朱く艶めきにけり坂 本 芳 子
枯るるもあり生き延ぶるもあり早春の光に当てる鉢の数々丸 山 恒 雄
ヌートリアだって過食はしませんよ夜更けにスナック菓子など食べて荻 原 忠 敬
それぞれに思いかかえて椅子を立つペーパーカップにお茶は残りて平 本 巳奈子
スポーツジムに中国会話たかく飛び交いてひるみそうなり日本人われ佐 藤 ゆ う
四年間の荷物は車一台分煙草の匂い漂わせており笠 井 芳 美
なにごともほめ上手なる友なればサクラ草大鉢抱いて手をふる宮 内 春 枝
公園の遊具指さし「触ってもいい」と聞くなり福島の子は田 丸 千 春
好きなもの、猫と自由と便利グッズ 七十歳を越えて定まる浅 川  清
ピシッ・ピシッと難聴の身に響きくる剪定の音こころよきかな広 瀬 久 夫
海風と折り合いてきし写真館昭和の家族の笑顔飾りて福 田 君 江

2016年4月号(vol.34 NO.309) 中沢玉恵 選

姿見のうすきほこりを払いつつ手ばなすための着物を選ぶ今 井 ひろ子
『アンナ・カレーニナ』の最終章を思わしむ北風の中の鉄を打つ音小 林 あさこ
花壇より掘りおこされし雨蛙地中の息をはかなくもちて長 坂 あさ子
今日だけの暖かさかもウォーキング帰りに寄って大根を抜く石 川 輝 子
クレーンの先伸び上がり日に向かい一礼をする一月四日飯 鳥 公 子
一月に台湾坊主あらわれて山梨あたりに大雪降らす鈴 木  源
剪定に洩れし巨峰の長き蔓そろりそろりと棚這いあがる赤 岡 奈 苗
菜園の最後の大根今日抜きぬ根も葉もしっかり食べてあげねば長谷部 静 子
富士見へと向かう車窓に八ヶ岳の峯ゆったりと間延びしてゆく望 月 迪 子
週末の祈込広告ずっしりと数枚に雛の笑顔が見ゆる日 向 このえ
あつあつの甘酒一杯手渡して盛る焚火を囲みていたり砂 原 よし子
つつまれた新聞紙からすらり伸び大塚人参艶つやとくる内 藤 勝 人
琴バウアーのごと南天がゆっさりと凍てつき幹のうら側を見す丸 茂 佐貴子
シルバーカー押して窓辺に立つ人にもういいからと手を振りかえす平 本 巳奈子
ジビエとう鹿肉届くステーキがイケるとメモが書き添えられて 岡  ゆり江
風に乗り蜘蛛は千里を飛ぶという納税申告時期の近づく田 澤 きよ子
一日中何もしないことにするせっかく風邪をひいたのだから佐 藤 幸 子
おだやかで我慢づよいと子は吾を語りておりぬ医師に問われて青 柳 順 子
新聞がカップの位置が朝のまま変わらぬことがひとりの暮らし田 丸 干 春
泥漬けは吾がふる里の冬の昧大根の土軍手でしごく角 野 成 子

2016年3月号(vol.34 NO.308) 中沢玉恵 選

しろばんば飛べば母来る気配して肉じゃがの鍋温めなおす深 澤 靖 子
黒豆がふっくら香るぬるき午後「シャガール」夫は念入りに拭く藤 原 伊沙緒
この子は童謡カルタが好きという「こんと狐が鳴く」のが特に山 口 明 美
小鉢には山盛りの塩そのドアを私はあけてもいいのでしょうか今 井 ひろ子
湯上りを爪切りながら視るラグビーサモア反則アッと深爪堀 内 竹 子
五十年使って今朝も機嫌良し食器戸棚の蝶番かな飯 島 公 子
難聴者協会設立十周年男子はネクタイ着用のこと石 原 久 子
フィナーレはみんなで歌う「麦の唄」軒の干柿夕日にゆれて三 沢 秀 敏
結球になりそこなった白菜がうつらうつらとしてる日だまり久保寺 弘 子
ホームでの母の年越しカレンダー奥村土牛の梅を咲かせて前 田 絹 子
稜線の向こうに残る夕明りハグする習い吾にはなくて清 水 さき江
座るたびスーツのボタンはずしてるナイスミドルになれるかオバマ内 藤 のりみ
お互いのリュックの大きさ見比べぬ登山ではなし歌会にゆく佐 藤 ゆ う
たかが二年成人式に集いいるされど二年のそれぞれの道笠 井 芳 美
やわらかな冬陽のなかにッ前山は散髪したてのようにかがよう中 澤 晃 子
この昼はネットスーパーに入店しお米5キロと豚肉少々飯 島 今 子
この町は何処にいようと富士が見え私はずっと逃れられない堀 内 和 美
遠足を終えて干さるるスニーカー向かいのベランダお隣の庭角 野 成 子
消え残る飛行機雲を夕焼けが一直線の虹に変えたり依 田 郁 子
餅搗きを続けて今年六〇年握った手形を杵に残して横 内  進

2016年2月号(vol.34 NO.307) 中沢玉恵 選

秋の陽が柔らかに来る図書館に手を触れてみる洋書「バイブル」山 口 明 美
原節子逝きて昭和はなお遠く秋晴のない秋が過ぎゆく小 林 あさこ
ノルディックポールに頼り登る坂子どもの頃は遊び場たった山 本 栄 子
銀行の椅子に待ちおり横切れるひとの誰にも会釈のなくて竹 内  輝
白樫の枝を突きつつ下りゆく猪の跡ふかく残さる浅 川 春 子
三匹が二匹になってぽっちゃりとまだらの琉金二年目の冬飯 島 公 子
一片のアップルパイをもてあましフォークは円をなんども描く佐 藤 利枝子
この辺が身の引きどころ三代のたばこ小売を店じまいする曽 根 寿 子
うすらかな霜は朝日にとけながら柿の落葉が朱を深めゆく坂 本 芳 子
苔玉の楓静かに葉を落とす水盤の中秋は終りぬ望 月 迪 子
セーターにのこる焚火のにおいごとくぐりぬけたり今朝は寝ぼけて前 田 絹 子
錦秋のゴブラン緘の七里ヶ岩 大村博士の受賞祝えり 日 向 このえ
すっぱさのほどよきほおずきプリン食む過疎の町なるプレハブカフェー中 澤 晃 子
売れゆきの鈍い土葱やわらかくはじけるような旨味をもてり内 田 文 恵
信号を待つ数十秒目礼をかえしてくるる紅きバラあり勝 村 真寿美
ケイタイで話せばおわることだけどワンマン電車に芦川わたる宮 内 春 枝
冠雪の富士の見守る歩道橋 黄色の帽子がぽこぽこ渡る堀 内 和 美
チラーヂン副作用あるも付き合いて生きんとわれは飲みつづけゆく佐 藤 幸 子
祖父も父もこの傾斜地を耕せり腰痛堪え吾も踏んばる広 瀬 久 夫
通知票マイナンバーを手にとればいよいよ雁字搦めの余生大久保 公 雄

2016年1月号(vol.34 NO.306) 中沢玉恵 選

干し柿に一日をまわす扇風機ときあかりして降りつづくなり浅 川 春 子
ふくらかに新米香る朝なり一年生の乳歯がゆらぐ 依 田 邦 恵
熱の子の代わりに秋の午後をきてグレンミラーのサウンドに酔う藤 原 伊沙緒
会場よりもち来し悔いがすっぽりとレインコートに包まれている長 坂 あさ子
そういえばただみつめらる広辞苑スマートホンは撫でられるのに中 村 道 子
たんぽぽの綿毛撮らんと腹這いて夕日の中にとびたつを待つ藤 原 昭 夫
シルバーパス使いこなして日盛りの街に出ずれど一人はひとり室 伏 郷 子
アラームを振り払うごと背伸びする両手にふれる朝の冷たさ佐 藤 利枝子
五線譜のように張られし電気柵スイッチ入れて帰りきたりぬ清 水 さき江
紅の落葉を結球に巻きこみて白菜日ごとにそだちゆくなり古 屋 順 子
晩酌に障ると口にしなかったカレー今夜も食していたり内 藤 勝 人
秋の日の学園祭のきらきらのネイルアートに指を差し出す 久保寺 弘 子
あっさりと「今日はおっぱい縫ったよ」学生医師(スチューデントドクター)の医帥(ドクター)の顔海 瀬 く み
間延びしたままの歌稿をポケットに歩いて一分投函に行く杉 田 礼 子
大根の九十キロを洗い上ぐ小室の柚子がもう届くころ岡   ゆ り 江
真昼間の風にあおられワラを燃す煙がわれの車体呑みこむ中 澤 晃 子
どこまでも秋空に浮く飛行機雲ゆっくりほぐす毛糸のように永 田 はるみ
蔦の湯の源泉温くほっこりと乳酸というがとけ出すような佐 藤 幸 子
右ひだり揺れながら来るランドセル秋の夕日に追いかけられて角 野 成 子
八ヶ岳富士を左右に仰ぎみて自転車仲間ともみじの道を浅 利 尚 男

2015年12月号(vol.33 NO.305) 中沢玉恵 選

みずからを朝の冷気にみがきいて花水木の実鳥を待つらし岡 な な を
九・一一テロにそびれしパスポート開かぬままに終活に入る依 田 邦 恵
ノーベル賞のよろこび皆で頒とうと防災無線に市長の声す山 本 栄 子
青年が入れ替え終えて出でゆけり無糖コーヒーホットとなりて山 本 初 子
「主婦なんてよくやってるね」と言われきて今宵のカレーすこーし辛い中 山 恵 理
カタカナの葡萄と並び変わらない甲州ぶどうのあわき紫飯 島 公 子
じわじわと奥歯の痛み増してくる見なけりゃよかった国会中継三 沢 秀 敏
ようやくに葡萄のとり入れ終わりたり初冠雪の富士撮りにゆく鈴 木  源
薄闇をうけいれしころゆびさきは高野聖を書棚にさがす佐 藤 利枝子
こらしょっと畑いっぱいの蔓引けばハロウインに行く顔がぞろぞろ丸 山 恒 雄
収穫を了えるまではとこの朝もウエーブのびし髪にブラシす久保寺 弘 子
大室山のリフトに二人秋風は光を連れて追い越してゆく坂 本 芳 子
ちゃぼひばをぐんぐん刈ってゆく夫脚立の高さはそこまでですよ古 屋 あけみ
掘れば埋め掘れば埋めたる狐の巣檜林に今日も枝打つ清 水 則 雄
手に取れば爆発しそうな黒いナス今出来ることを考えてみる卜 部 慶 子
この二年屋根より高き雑草にわがお隣は覆われている山 下 愛 子
刈田にはキャタピラの跡くきやかに幾何学模様ナスカの文字か杉 山 修 二
まだ青きどんぐり落ちてくる音が聞こえるような早朝ウォーク田 丸 千 春
ヘアカットするもされるも無精ひげ店の主は教え子夫婦田 村  悟
青年僧般若心経の息つぎにわれの唱和がときどきずれる佐 藤 幸 子

2015年11月号(VOL.33 NO.304) 中沢玉恵 選

一房ごと紙の舟へと包み込むシャインマスカット旅立つ朝坂 本 芳 子
雨音に消されなからに聞こえくる演習場の大砲の音小佐野 真喜子
参道の小石を拾って下さいと触れる人あり 横綱のため山 本 栄 子
身はすでにかたちなくして数本の緑の芽をば伸ばしつづける中 村 道 子
眼には蚊を耳には蟬を住まわせて今年の猛暑ようやく越えぬ堀 内 竹 子
お施餓鬼の太鼓に風の少しある一拍休みのリズムにのりて依 田 邦 恵
痩せていく母の姿を犬が見る散歩に出よう明るいうちに米 山 和 明
右手には内緒にしていることだけど箸はやっぱり左手がいい深 潭 靖 子
ジベレリンの効果はなくて三千のデラウェフの房落としたり赤 岡 奈 苗
バーベキューの匂いを含む夕風が生れしばかりの稲穂をゆらす清 水 さき江
両の手に刃先を包み研ぎてゆく明日は千のぶどう切り込む久保寺 弘 子
もうとうに開通したはずカーナビは頑固者だよ 曲がれまがれと
内 藤 勝 人
プレミアム券利用の客のぐっと減りサルビアの花朱を濃くする内 田 文 惠
浴室にもあんと湯気を閉じ込めて息子出でゆくクラス会へと望 月 迪 子
きゃっきゃっと乳呑み児あやす二歳なり二人に分かる二人の世界中 西 静 子
一段ずつ脚立を登りこの秋の見えないものが見える新鮮望 月 嘉 代
小高駅に通学自転車並びいる強制避難その日のままに 田 丸 千 舂
兄弟の七十過ぎが六人の兄弟船でギネスをねらう浅 利 尚 男
忙しくお盆を送り雨の日の今日恵まれし一人の時間渡 辺 なつき
マスターのトランペットがとつぜんにわが誕生日祝ってくれる佐 藤 幸 子

2015年10月号(VOL.33 NO.303) 中沢玉恵 選

桃太郎花ぶるいして実となれず緑ふかぶかトマトの畑古 屋 順 子
適切にエア・コン使えと有線放送が青き稲田を戦がせながら大久保 輝 子
合唱の声はいっぽんに透き通り「キリエ・エレイソン」天上までも山 口 明 美
朝一番のゴンドラ清しうすらかに海霧まとう女らをのせ藤 原 伊沙緒
捨てられるものいくつある日盛りをすぎて芝生は息ふきかえす岡  ななを
満ちゆける海をふるふる泣かしつつ沈む陽キザな男のように中 山 恵 理
八人が耳を澄ませるスマホよりモリアオガエル鳴き始むなり浅 川 春 子
日盛りにまだらな蝶の舞いており時折ふれるセージが香る橘 田 行 子
身の丈をこえし頑張りおもいつつ炭火の炬燵はほこほこおこす藤 原 昭 夫
言いたいこと半分くらいは呑み込める缶ビールの蓋カチリとあけて坂 本 芳 子
勢いのいちばん高いジャグジーを確かめてから仰向けに寝る丸 山 恒 雄
朝まだき堅樋を登る蟷螂のけんめいの脚空を蹴りいる
加々美  薫
太陽をポケットにしまい吾は行く老々介護の家庭訪問丸 茂 佐貴子
ほどほどに放っておいた栗南瓜東京帰りの娘に食わす海 瀬 く み
カラフルな五本すべての色違えネイルアートの指がレジ打つ佐 藤 ゆ う
アスファルトを避けつつ歩くドゥードルは風を探して空を見上げる笠 井 芳 美
八十歳にして初めての観覧車彼につきあうおみな三人田 澤 きよ子
リハビリをはじめし頃の朝顔が窓辺に伸びて青々と咲く角 野 成 子
蚊取線香の煙の中に夜がふける段々重い読みかけの本依 田 郁 子
初孫の湊太は港 猛暑日の老老介護に笑顔を集む田 村  悟

2015年9月号(VOL.33 NO.302) 中沢玉恵 選

沖縄戦に逝きたる若き兄のこと、最後に何を食べたのだろう石 川 輝 子
日がのぼる前のひととき山小屋の屋根に木の葉の降るおとを聴く小 林 あさこ
アスターの根付きたしかな朝の雨割りし玉子は黄身ふたつなり伊 藤 春 江
あるかなしかの風はわが肩ふれてゆくしずかに寄りてくるもの怖し岡   ななを
大小の爪切りがあり連合いの爪の硬さをわれは知らざり飯 島 公 子
ボリュームをレベルの4に引き上げて郭公鳴きつぐ桃畑のうえ三 沢 秀 敏
棒立ちの脚を養い選果所にマンボステップふむ昼休み浅 川 春 子
雨の中を傘も持たずに歩きたい病院ぐらし長くしあれば田 中 治 江
紙袋つぎつぎとはぐ桃の実がほの青白き産毛を散らす坂 本 芳 子
夏空をしたがえて咲く向日葵のまっすぐな影あしもとに落つ佐 藤 利枝子
老いて住む門に真昼の灯をともし凌霄花のシャンデリア垂る前 田 絹 子
房なりの胡桃が雨に光りいる子のプロポーズ受け入れられて清 水 さき江
三時に起き桃の畑に行くというあの人に送るカルピスの昧内 藤 のりみ
蔓一本切ると葡萄のすき間から朝の風が流れくるなり砂 原 よし子
道端に蛇くろぐろと乾きおりわが難病はいつまでのこと武 藤 睦 子
友だちの弁当もらうのダメだって「アレルギー事故防ぐためです」中 澤 晃 子
たわいなき会話を終えて病状を知らざる兄の一人部屋去る平 本 巳奈子
車庫に一つ庭に一つと椅子を置く足の不自由な夫の居場所田 澤 きよ子
ジグザグに日陰をひろうウォーキングほたるぶくろの咲く道をゆく浅 川  清
あの時と同じ空気と戦争を知る年代が危ぶむ政治田 丸 千 春

2015年8月号(VOL.33 NO.301) 中沢玉恵 選

大いなる影にわが家を呑み込みてハングライダーゆうゆうとすぐ岡  な な を
チャイニーズの高き口調が飛び交いてリンゴ三個が買われゆく昼内 田 文 惠
カタカナの抑留死亡者名簿5ページを声に出し読むまだ半ページ竹 内   輝
鳶ならず鴉にあらず蒼穹をドローンらしきが近づきて来る堀 内 竹 子
たかたかとたけのこザックに二本挿し兵士のような女らが行く藤 原 伊沙緒
木蓮の若葉ゆれいる縁側に今日四度目の目薬をさす橘 田 行 子
摘みたての新茶の旨み日曜の朝の腰椎5番に沁みる中 山 恵 理
里山もそれぞれ個性がありましてこんもりきりりふっくらぺしゃん川 井 洋 二
運転手はバスのドアから逃がしやる我と一緒に乗りたる蝶を曽 根 寿 子
いっしんに背伸びしており朝顔の幼い蔓の先にある夏佐 藤 利枝子
命令形を愛と思いし日もありぬ燕のさえずり今日は安らか清 水 さき江
今朝もまたちょっくら見てくれ携帯に妻を亡くした健さんが呼ぶ
古 屋 順 子
初ものが蓑で持ち込まれる里ぐらし今日は竹の子土を抱いて渡 辺   健
「どこかでね気にしながら放っとくの」蘭を咲かせるコツを聞かれて桜 井 憲 子
むかし話の鬼は金棒持っていたあばれてほしい日本の力士内 藤 のりみ
土手沿いに旗ふるようなキンポウゲがんばれ私がんばれるから勝 村 真寿実
みんなみの高い方よりひびきくる一年ぶりのほととぎすの声小 林 ケサエ
気の遠くなる程の粒摘果するエベレストだって一歩一歩だ広 瀬 久 夫
はるみちゃん蛙の声はいいものねぽっつりと言う一人居の叔母永 田 はるみ
見せたいと言われた景色空までもつづく並木は落葉松の道田 丸 千 春

2015年7月号(VOL.33 NO.300)  中沢玉恵 選

それぞれに思いはありて帰りゆく公民館の固き座布団岡    ななを
もう夫は特養ホームにも居ないうつぎの花の白すぎる白小田切ゆみゑ
運転士にあやまりながら降りて来ぬ一人占めして甲府駅なり中 村 道 子
クライミングの力ある声故郷の鋏岩より風にのりくる山 本 初 子
お返しに三日月ひとつ送信すLINEの中の織姫さんに米 山 和 明
しだれ梅の紅の花びら散る庭を振り返り見てまた入院す田 中 治 江
月食が見える見えぬも運次第ノンアルコール飲んで待ちます三 沢 英 敏
今日ひと日晴れの予報に交配の毛ばたき跳ねる昏くなるまで石 原 久 子
菜園の頭上とびゆく五位鷺はごあっと一喝われに浴びせて久保寺 弘 子
あさ風にオールドローズ香り立ちくちびるにおくピンクのグロス佐 藤 利枝子
わが村に張り巡らさる電気柵この朝鹿の領域に入る清 水 さき江
知る限りのことばを全て披露する売られゆくこと鸚鵡は知らず加々美  薫
裸眼でははっきり見えぬ運命線この夜記憶は皮膚呼吸する内 藤 のりみ
100メートル桐生が十秒切ったというそんな追風に吹かれてみたい海 瀬 く み
城跡の昼の空気に交じり合う竹刀の音と気合の声と佐 藤 ゆ う
あごひいて少し歩幅を広げればシャツふくらますさみどりの風勝 村 真寿実
玄関の横に置かれた椅子ひとつ施設のバスを待つ母の椅子依 田 郁 子
待ち侘びし親族総勢二〇人笑い声にて鳩がとびたつ三 枝 幸 子
この林ヘッセの匂いがするという君の心のゆたかなるかな浅 利 尚 男
アマリリス真紅の大輪咲きそろい吾ら「七十路貯金会」なり渡 辺 なつき

2015年6月号(VOL.33 NO.299)  中沢玉恵 選

富士山に二ヶ月早く飛来せる農鳥日本に何をもたらす田 村   悟
桜ふる真昼の道を一本の綱に曳かれて園児らがくる山 田 杞 子
富士に対きメガソーラーの基礎は立つさながら墓の群れのごとくに山 本 栄 子
はばたいてとんび飛びいる三月の光に羽を洗いいるらし長 坂 あさ子
脱輪は左のうしろ花冷えの風に吹かれてJAFを待ちいる小 林 あさこ
どこに居ても二時には夫が帰り来る「黄門さま」のドラマ見んとて曽 根 寿 子
鉱泉を通すパイプの掃除するズボンに白い湯の花つけて藤 原 昭 夫
霜害をまぬかれたりし白蓮の白鳥のごと夜目に明るし橘 田 行 子
樟は赤いテープの帯まかれ散歩コースのわが道祖神室 伏 卿 子
きつく巻きぱっと放したゼンマイの玩具のように千鳥行き来す前 田 絹 子
ミルフィーユかさねしパイはさっくりと砕けてしまう決意とともに佐 藤 利枝子
JAの倉庫の隅までびっしりと肥料袋が積まれいる春清 水 さき江
左手で名前を書けばはつかにも怒りらしきの薄らぎゆけり日 向 このえ
静寂にかすかな重み感じおりヘリコプターの去りし図書室望 月 迪 子
この朝も息子が飲んで出掛けます夫に供えたホットミルクは中 西  静子
急行を先に走らせのんびりと各駅電車は花分けてゆく宮 内 春 枝
みっしりと仏の座咲く梅畑に回転上げて除草機を繰る砂 原 よし子
「じゃがいも花見の季にうえなさい」桜を見れば母を思い出す横 内   進
<県内の放射線量異常なし>小さな記事が必要な国田 丸 千 春
アルプスを総嘗めにするからっ風日本平に吹雪を飛ばす広 瀬 久 夫